今日の地球

枕上鞍上厠上【今日の地球】

枕上鞍上厠上(ちんじょうあんじょうしじょう)を、三上(さんじょう)と言うらしい。
考えるのに良い空間のことを示していて、帰田録を書いた欧陽脩という人の言葉らしいのだが、まさにこの通り!と膝を打ちたくなるのはわたしだけではないはずだ。
寝床・乗り物・トイレ、が、思索をめぐらすのに適した順番という意味で、決して机上ではない、ということを言っている。わたしの場合は、特に枕上でこれだ!というアイデアを思いつくことが多い。
若い時にはメモをしなくても思いついたことは覚えていて、一週間先の予定まで頭にしっかり入っていたほどだった。が、人生の折り返し地点を過ぎたころから記憶力が悪くなり、今では明日の予定は手帳を見ないと確認できないほどのダメっぷりである。
ところが、それと反比例するように、アイデアは枯渇しないどころか、泉のようにこんこんと湧いて出てくる。仕事以外のプライベートでも、楽しいことならいくらでも思いつく。歳を重ねるというのは、こんなに振り幅が豊かになるものなのかと我ながら驚くほどだ。先輩クリエイターたちが年をとってからの方が良いコピーが書けると言っていたのは、こういうことなのだ。
昨夜もいま抱えている案件でとても良いフレーズを枕上で思いついた。もう電気を消していたので、メモはしなかったが、こんなに明確に面白いアイデアだから忘れるわけはない。翌朝に早速企画書に仕立てよう!と思いながら眠りについた。
ところが、である。朝起きたら、その良いフレーズとやらはすっかり忘却していて、どうやっても思い出せない。本当に思いついたのか、それとも夢の中の出来事だったのか。
三上の法則を、なかなか使いこなせないでいる。


終わることのない旅のゆくえ MARUYO HOTEL semba【今日の地球】


三重県桑名市。名古屋から車でも電車でも30分ほどの距離である。そうなると大都市名古屋のベッドタウンとなるところだが、実際にベッドタウンかどうかは別にして、おそらく桑名の人はその呼称を好まない。桑名は宿場町、城下町、そして港町として発展したところで、経済と文化が両輪で支えあって育まれた歴史がある。外に出なくとも、仕事も住処も遊びも、桑名でこと足りるのである。
とはいえ、外の水は飲んでみたいと思うもの。桑名市に生まれ育った友人は、大学から東京へ移住して長きを過ごし、その後パリ、京都へと拠点を増やしていったが、2020年6月21日夏至、新月の日に桑名に新たな「場」をオープンさせた。
それがMARUYO HOTEL sembaである。佐藤武司さんの高曽祖父が、桑名市船馬町で材木商である丸与木材を起業し、氏の祖父の兄弟が戦後すぐに良質な木材を贅沢にふんだんに用いた家を建てた。そして2020年。末裔である氏が、その築70年超の民家に手を入れ、ラウンジ・ツインルーム2室・広いリビングダイニングを有する一棟貸しホテルへと蘇らせたのである。
氏の妻であり名古屋市内でgallery NAO MASAKIを主宰する正木なおさんが空間のプロデュース及びアートディレクションを、氏のご母堂であり名古屋市内でフラワーショップAtelier Nouveauを主宰する佐藤志津さんが館内の花を手掛けられている。

先週末、わたしは友人3人とともに、このMARUYO HOTEL sembaで1泊2日の時を過ごした。この2日間で、いろんなことを考えた。旅のありよう、場の感じ方、時の過ごし方…..。コロナ渦によって、人の考え方や価値観が大きく変わろうとしている時代となり、わたしたちの旅はよりパーソナルなものになっていくだろう。パーソナルというのは、個別対応とか個人旅行といった従来のサービスのことではなく、たった1人の心の中に、誰にも邪魔されない形で残されていく記憶と経験がなによりも大切となることを指している。そのためには、旅の舞台であるホテルが、わたしたちと共に変化してくれる(別の言い方をするならば共に成長してくれる)場でなければならない。
MARUYO HOTEL sembaは、先述のgallery NAO MASAKIのなおさんが館内のアートディレクションをしており、一つひとつの作品が存在を消しながら存在するという矛盾を内包している。鑑賞者を疲れさせない上に、共にいることの心地よさを与えてくれるのだ。これらアート作品は観る方のわたしたちが行くたびに感じ方が変わってゆくだろうし、MARUYO HOTEL sembaそのものもその空気を変貌させてゆくはずだ。わたしたちの内省を促し、あらたな旅心を刺激する場として。


オーナーの佐藤武司さんと正木なおさんご夫妻

ロブマイヤーのトラベラーグラスを全員持参し、シャンパーニュで乾杯

マルヨホテルの周りは、日の出や柿安本店、船津屋、歌行灯など名店揃い。ですが、この日の夜は、この空間でどうしてもゆっくりお食事したくて、テイクアウトをお願いしました。以前、オーナーに連れてっていただいた地元民に愛される小さな名店のステーキに惚れこんでしまったため、友人にもあの味を食べさせたくて。結果、大成功。友人たちにも喜んでもらえました。

窓を額縁に見立てて、外の景色の移り変わりを楽しむ

各部屋にシャワーはついていますが、お庭には露天風呂が。独りでゆっくりお湯に入り、考え事をするにはピッタリの場所。お庭やお部屋が一層美しく浮かび上がります。今度は朝酒と朝風呂しようと決めました笑

朝ごはんは、パティシエが作るクロワッサンやブリオッシュ、ヨーグルトにシリアル、しぼりたてオレンジジュースなどで。


らっきょうは待ってくれない【今日の地球】


らっきょうの季節、である。
先週末のこと、私は50キロのらっきょう漬けを期せずしてやることになった。
正確にいうと、らっきょうを漬ける約束は確かにしていたが、まさか50キロもの量になるとはつゆぞ思わなかったのである。
今から2年半前、惜しまれながら閉店したふぐ料理屋があった。そこの女将が、かつての常連客から「焼きふぐについていたらっきょうがどうしても食べたい。ふぐはもう無理なら、せめてらっきょうだけは漬けてほしい」と懇願されたのだそうだ。「だから、らっきょう漬けるの手伝ってよ。うちにはスタッフがいないし他に頼める人がいないから」と女将は私を説得してきたというわけだ。いつもお世話になっている女将のいうことなので断れない。どうせヒマしているのだし、いいよ!と二つ返事で了承したのが5月のはじめのことだった。

「土曜日の9時に、らっきょう・保存瓶・塩・酢・砂糖・唐辛子がマンションに届くからよろしく」と女将から連絡が。女将と私の共通の友人も加わってらっきょうを剥くのできっと午前中で終わるだろうと思って、私は午後から予定を入れていた。それが愚かな予想だとわかったのは、朝9時に八百屋さんの車の荷台で、5箱のらっきょうを見たときだった。1箱何キロですか?と聞くと10キロとのこと。合計50キロである。
それから延々、とにかくらっきょうを剥く。剥く。剥く。私は午後から予定があったので、女将たちを我が家に残して出かけ、17時に戻ったら、疲れ果てた顔で女将が言った。「あとの残りあんた1人でできる?」と。何キロ残っているのか確認するのも恐ろしかったので、とにかく女将たちには帰ってもらい、そこからは私がひたすら剥くことに。

私に課せられたのは20キロのらっきょうだった。24時までやって、あとは翌日にしようと決めてとりかかったのだが、22時を過ぎたあたりから、あろうことか袋の中のらっきょうが、青い芽を伸ばし始めたではありませんか!これでは青臭いらっきょうになってしまう。まずい。明日に作業を延ばすわけにはいかない。せっかく鳥取から第1級の大きならっきょうが届いたのにこれを無駄にはできないので、それから延々と朝の4時までかけて、らっきょうの皮を剥いた。
仕事の締め切りは、待ってもらえる(こともある)けど、らっきょうの成長は待ってくれない。日が昇る前までになんとか剥き終えて塩漬けしないと、らっきょうが朝の光を浴びて光合成を始めるんじゃないかしらと妙な恐怖心にかられながら、ひたすら剥いた。
肩こりと腰痛と睡眠不足というおまけはついたものの、翌日には無事に甘酢に漬けて完成。今、我が家はらっきょうの瓶が18本ほど並んでいる。
●10キロのらっきょうを剥くのに1人でやると約4時間かかること
●一日4時間程度が限界であること
●ちゃんと計画的に香盤表を作らないとエライコッチャ、ということ
●らっきょうは22時すぎるといきなり芽を伸ばすということ
覚え書きにして、女将に進言してみようと思う。
そんなわけで、しばらくはらっきょうは見たくないです。らっきょうのような頭のおじさんにも会いたくないです。らっきょうみたいな頭の方、ごめんね。ちょっと待っててね。


ある日どこかで【今日の地球】


先月のこと。映画関係の方へのインタビューで、おうち時間を楽しむための映画を紹介して欲しいとお尋ねしたところ、『ある日どこかで』が一番に挙がった。これは、1981年公開のアメリカ映画で、主人公がタイムスリップして物語が展開していく幻想譚である。公開当時は興行成績もふるわなかったようだが、根強いファンが今も多く、カルト古典として好まれている。実はこの映画を学生時代に偶然テレビ放映で初めて観て以来とりこになってしまった。
狂おしいほどにせつなくてたまらない物語、そしてどこまでもメランコリックなジョン・バリーの音楽。
どうしても手元に置きたくて、10年ほど前にDVDを買って繰り返し観ており、サントラ盤CDも2種類手に入れて愛聴している。

ここからはネタバレになるけれどご勘弁。
過去にタイムスリップした主人公は、女性と恋をするが、ある障害物のために、突然その時間旅行から引き戻されてしまう。その瞬間、主人公は愛する女性の目前からいなくなる。つらいシーンである。

なぜこの映画のことを書いたかというと、先日、時間旅行から無理やり引き戻されるような感覚を私も味わったからである。コロナ自粛で仲間との食事の約束がキャンセルになる中、友人たちと馴染みのお店からお料理をテイクアウトして、リモート飲み会をすることがあった。

画面に映る友と会話しながら、同じ料理を食べるということは、遠く離れていても一体感があり、今までにない食事の面白みを発見できてとても楽しいものである。

ところが、我が家のマンションでネット使用が渋滞していたからか、私だけそのリモート飲み会のラインから突然外れる現象が起こった。ネットワークが不安定なため、再度やり直してください、というアラートが入る。何度試しても、数分で私だけが静止画となり、私の音声が届かなくなる。みんなから「マリコさ〜〜〜〜ん!」と呼ばれても、私の顔はフリーズしたまま。そのうち突然画面が真っ暗になり、シャットダウンとなってしまう。

何度かこれを繰り返すと、さすがに疲れてしまって、そのうち自主リタイヤ。みんなも同じものを食べているんだなぁと想像しつつ、美味しいテイクアウト料理を味わった。1人が好きな私にとって、それはそれでとても楽しいことだったのだけど、そのシャットダウンした時の様子が、前述の『ある日どこかで』の時間旅行からの引き戻しシーンを想像させたのである。

『ある日どこかで』は、主人公にとってどこまでがリアルな話なのか、想像の世界なのかはわからない。もしかすると、主人公の長い夢の話かもしれない。それは観る人の受け取り方で様々な物語となるだろう。

それと同じで、もしかしたら私がシャットダウンされたリモート飲み会は現実とは別の世界で起きたことではないのか?そもそもコロナだってテレビの中だけの出来事で、現実世界で起きていないかもしれない。そうだったらいいのに。
その夜は、そうやって現実と妄想の世界を行ったり来たりしたからか、それとも1人で杯を重ねたからか、いつもよりずっと酔いが早かった。


最愛の父が宇宙旅行に【今日の地球】

最愛の父が、宇宙旅行に出掛けました。
いつ還って来られるかわからない旅です。

一昨年の春、父は胆管癌を宣告され、今年の春には肺への転移が見つかりました。若い頃はスポーツ選手で、鍛え上げた体力だけは自信を持っていた父でしたが、春以降、少しずつ体力がなくなり痩せていきました。が、スポーツマンスピリットというか、ど根性というか、とにかく病気に負けてなるものかという気力は最後の最後まで持ち続けていました。生きることへの執着と気力には、本当に驚かされ、生き様と死に様を同時に学ばされたように思います。
晩年は家庭菜園に目覚め、緻密な計画を立てて、晴耕雨読を実践していました。今、私は通夜の会場で、父の家庭菜園の計画表と畑の設計図をみて、愕然としているところです。そこには、天気、その日の作業内容がびっしりと細かく描かれ、前年の計画表と比較をしながら、常に工夫を重ねていることが読み取れます。またその計画表は日記の要素も兼ね備えており、「万理子帰宅」「家族で山代温泉へ旅行」「万理子東京へ」といった家族の行動まで記されていました。(マリコがペンネームで、万理子は本名です) ちなみに癌を宣告された日付を見てみると、「癌宣告される」と記されており、その一文を書くことはさぞ辛かったであろうと思うと、なんともやるせなく悲しい気持ちになっています。

ここには、私が子供の頃の父との交流で、心に残っていることを書き留めておこうと思います。それは日常生活の中にこっそりと父が仕掛けてくれた独自の教育のことです。私がまだ小さな子供だった頃、タバコを嗜む父は帰宅して食事をすませると、決まって居間にどっしりと座り、私の方を見て「タバコとマッチと灰皿と」と言いました。私はそれを言いつけられるのが好きで仕方がなく、その3点セットを得意げに父に持っていき、頭を撫でてもらっていました。
実はここには、父なりの私への教育が施されていたのです。つまり、タバコを吸う人にはマッチと灰皿が必ず必要で、タバコと言われたらマッチと灰皿も一緒に用意をしなさい。それくらい気の利く人間になりなさい、という意味でした。ところが、「タバコとマッチと灰皿と」この言葉に込められた父の思いに、気がついたのは30歳を過ぎた頃のことでした。なんという間抜けな娘でしょうか。恥ずかしくて父には「気がついてるよ」と言わないままに、父は逝ってしまいました。今、通夜の間に、父にそっと耳打ちしようと思っています。でもきっとこれからも「あ、あの時の父の言葉にはこんな意味が込められていたんだ!」と気がつくことがあるでしょう。その度に私は、自分の間抜けさにがっかりしながらも、ずっと父とともに生きていくことになるのだと思います。

パパ、間抜けな娘に育ってしまったけど、
私はパパの娘に生まれたことを、心から誇りに思っています。
長い間、ありがとうございました。


冬だけじゃなく夏も来たい、かに吉【今日の地球】


鳥取かに吉。
ここの冬の蟹料理に惚れて2年。
あの蟹料理の精神性があるんですもの。
夏のお料理にも興味津々で
有馬温泉までいったので半日お休みとって、鳥取まで一人旅。
どのお皿も、口の中の残香がはかなく、なのに存在感があって、いつまでも香りを追って味わっていました。
たとえば、カレイの天日干し。
今までの干物概念がくつがえされる。
ひと口目、
実だくさんのお吸い物たべてる感じ。
ふた口目、
香りが口と鼻に広がって
みくち目、のみこむのが勿体無くて。
頭と尻尾は、
お魚のクロワッサンかパイのような軽やかさ。
あわびはどこのフレンチにも負けてなく
干し椎茸は、もう一度命をふきこんだその丁寧さに脱帽せざるをえませんでした。
もう冬の蟹だけじゃなく
夏の鳥取にも来ないといけません。
改めてここに導いてくださった
益博さんにお礼申し上げます。
大将、魂のこもったおいしいお料理をありがとうございました。
#鳥取かに吉
#かに吉
#取材の帰りに鳥取に寄ってしまった
#ラルム外食
#なんだけど感激で震えた





光ミュージアムで今月末まで【今日の地球】


高山で開催中の
左官職人・挟土秀平さんの個展。
真田丸ですっかり有名人ですが
その素顔は純粋に自然と寄り添い
地球に畏怖と敬意をはらって生きる
森に咲く一輪の花のような人です。
彼が魂をこめて作り出した土の壁
その思想を支えている言葉の数々が
作品として展覧されています。
わたしはお月様が大好き!
俺の方が月が好き!
いや、わたしはこんなに月が好き!
それなら俺だってこんなに!

自分がいかに月が好きかを
言い争ったことがあります。
酔った者同士の論理は
時として創造のエネルギーへと
変化しますが
こんなに素晴らしい土壁に仕上がるなんて。
展示は
つっこみどころ満載でしたが笑
彼の世界観は十分に堪能できます。
高山の光ミュージアムにて
今月末まで開催されています。


ロマネコンティ・クローン【今日の地球】


山梨県のワイナリー、ドメーヌQ。
ここで
かのロマネ・コンティのクローンである
ピノ・ノワール種が栽培されています。
ドメーヌQさんから一本の枝が
ワインとともにやってきたのは
4年前。
わたくしが2年お預かりしまして
我が家のベランダでせっせと
芽を出させ、根を伸ばさせ
その後
ルマルタンペシュールの玄関に
移植しました。
なんと!
今年はじめて実をつけたとのこと
収穫祭に行ってきました。
ロマネ・コンティの畑で
味わったブドウと同じ味!
あの小さな枝から、
ここまで成長するとは、
本当に感慨ひとしお。
皮も美味しい!


素人のお花あしらい〜春【今日の地球】


実家ステイしていると、お花に恵まれる暮らしになる。
庭や公園にお花がいっぱい咲く春は特に。
というわけで、お稽古のつもりでお花を活けることが
毎日の楽しみになるという贅沢な日々を過ごしております。



snow aging beef 雪中熟成牛【今日の地球】


雪中熟成飛騨牛求評会。
天然雪のかまくらで無風の高湿度により、しっとりと仕上がったスノウエイジングの牛肉をいただく。昔の人が氷室に野菜を蓄えて越冬した知恵を、牛肉に応用した日本初の試みである。
繁殖家、肥育家、熟成師3人の愛情と知恵と情熱をこめて育てられた牛には
彼らの名前がついていた。
かまくらは、地球温暖化がこのまま進めば、やがて地球からなくなる可能性もある。雨やみぞれが降れば、あっという間に消えてなくなってしまうかまくらは、
飛騨の自然そのものでもあり、未来永劫あるとは限らない雪国の宝箱である。
名前のついた牛の命をいただくという行為も然り。
綺麗事を言うようだけど、わたしたちが地球に生かされているということが、スノウエイジングの牛肉に凝縮されていたように思う。
水分をたっぷり含みながら熟成された牛肉の深い深い味わいは、どこまでも、哀しく、切なく、狂うしいほど愛おしかった。