閖上の赤貝【今日の地球】
静養という大義名分の怠惰なお正月を過ごしながら、
入院騒ぎで年末にやれなかった2021年の振り返りをしている。
貴重なお席を予約してくださる友人たちのおかげで、
昨年も美味しいものをたくさんいただいた。
記憶にしっかり刻まれた美味は数多くあり、
はじめてお邪魔したお店で思わず感嘆の声をあげたことも2度や3度ではなかった。
そんな経験の中で、今も心にあたたかく残ることがあったので、
ここに書き留めておきたいと思う。
9月の銀座。
アニキと慕っている某人と、お寿司屋さんに出掛けた時のことだった。
色艶もよく肉厚の見事な赤貝の握りを口に入れた瞬間に、昆布の味わいが広がった。
思わず目をぱちくりしていると
隣のアニキが「閖上(ゆりあげ)だね?」と一言。
お店の親方がにこりと笑う。
閖上は宮城県名取市の漁港で、良質な魚が水揚げされることで知られる町なのだそうだ。
特に閖上の赤貝は、良質な昆布の味わいや香りが出ることから、
築地、もとい豊洲ではお寿司屋さん同士の争奪もなかなか激しいのだそう。
酢の効いた酢飯がソースにように赤貝に寄り添って
なんというハーモニー、と一人勝手に陶然としていたその時
アニキが小声で話し始めた。
閖上はね、3.11でそれは大きな被害を受けて、
漁港が再開できるのか、漁はできるのか、海の魚たちは大丈夫かと
関係者からずいぶん心配されていたんだよ。
わたしも、もう閖上の赤貝が食べられなくなるのではと思っていたしね。
それから何年たった時だったかなぁ。
このお店で親方が何も言わずに赤貝を出してくれたんだけど
食べた瞬間、すぐに閖上だとわかってね。
親方の顔を見たら、親方が今みたいにニヤッと笑ったんだ。
閖上で漁が再開できたんだ!よかった、本当によかった!
赤貝を食べながら、知らぬ間に涙がこぼれていたんだよね。
今もその時のことを思い出してしゃべっていると泣けてくるんだけどさ。
アニキは目にうっすら涙をためながら、話してくれた。
生産地に思いを馳せ、作り手に敬意をはらい、
完成された料理を味わい尽くし、
言葉に出すことなく作り手と会話し、
心をこめて一期一会の食に向かうということの、
こんなにも素晴らしいハーモニーがあるだろうか。
そんな域にはまだまだ達することはできないけれど
今年も諸先輩のお導きに従って、
体を気づかいながらも、楽しい旅をしていきたいと思う。