今日の地球

ばいばい、かんべちゃん【今日の地球】


昨日の打ち合わせで、長年の仕事仲間から「なにがそんなに悲しいんだ?」とのっけから言われた。自分では気がついていなかったが、自然に涙を流したまま仕事場に向かっていたようだ。その前日の3月9日、友人から「かんべちゃんが亡くなった」と電話があった時、誰がそんな悪ふざけをしているんだろう? 冗談でもたちが悪いと思った。もしかして今日はエイプリルフールだったっけ?とカレンダーを見直したりもした。盟友・神戸宏樹が急逝した、と頭で理解できたのは、数時間たってからだった。
神戸宏樹とは、年数こそ8年たらずだったが、本音で喧嘩ができる貴重な友人付き合いをしてきた。姉弟のような、兄妹のような、時に母のように、父のように、言いたいことを言い合える仲である。彼が会社を辞めようと思うと相談された時、わたしの恋愛がらみの話を聞いてもらった時、ある案件を2人で引き受けてやっていこうと話し合った時。いろんな場面で彼が見せる知性は私を驚愕させた。実はただのバカボンだと思っていたので(実際、彼はそう装っていた)、そのことを彼に伝えると、傷ついたそぶりも見せず、ケラケラと高笑いをして見せた。この人の奥底はかなり深いけれど、それをまったく見せずにいられるのは何故なのだろう?と、かえって興味がわいたほどだった。
仕事柄、多くの人をインタビューし、その人柄を探っては文章化してきた経験から「あなたは稀有なSキャラである」と本人の前で結論づけたところ「まったくその通りだ」と答えが返ってきたこともあった。そして、経済的な差異とか出自の問題とは別に、ほとんどの人が根底に抱えている些細な卑しさのようなものを、まったく持ち合わせていないのが神戸宏樹である。わたしは彼から卑しさのかけらも感じたことがなかった。

ある夜のこと。彼と私の会話。
「かんべちゃん、美食もいいけど、今のままの食生活では本当に体が心配。あなたの財布を狙ってたかってくるような人と深夜まで飲むのはもうやめなさい。その人たち、あなたの健康を考えているならそんな飲み方させないはず。本当にあなたの体を考えてくれているなら、12時には帰さないと。そんな奴らとは縁切りしなさいよ!」
「マリコリーヌ、いま、何時か知ってる?」
「知らんわっ」
「夜中の2時なんだけど」
・・・・・・・・・・・・・・・。

これ以外にも、実にたくさんの語り合い、そして喧嘩やら、まぁいろいろな思い出がある。いつか私が公私ともに大変なことがあり、ひどく落ち込んで鬱気味になっていた時、朝いきなりマンション前にやってきて、ドライブに行こうと誘ってくれたことがあった。私が大好きなトンカツを食べに連れて行ってくれたのだった。なにもしゃべらなくていいから、と、彼が一人でずっとしゃべっていた。私の仕事にも多くのアドバイスをくれた。説教マニアだったので、方々で説教しては女の子を泣かせていたみたいだった。検討はずれな説教が多かったけど、時には真実をついた深い助言をくれることもあって、その度にハッと気づかされることになり、いつかお礼を言おうと思っていたのに、彼は長い旅に出てしまった。
美味しいものが大好きで、いろんなお店で食事とワインをご一緒した。旅にもよく出掛けた。東京には数知れず、福岡や小倉、京都、鳥取には毎年、富山、滋賀、と思い出は尽きない。オマージュ、オーベルジーヌ、紀尾井町三谷、鮨みずかみ、かに吉、アニス、ほうば、エッレ、すきやばし次郎にも行ったなぁ。。。
コロナが収束したら互いに好きな街を案内し合おうと約束していた。私がパリの左岸を連れまわし、かんべちゃんがアメリカ西海岸をドライブに連れていってくれることになっていた。私が行きたくないと渋っている沖縄と、べんちゃん(冒頭の写真の左手前)のいるインドネシアには、たえちゃん(冒頭の写真の右手前)と3人で行こう、そう話していた。

今頃、かんべちゃんはどこにいるんだろう。「ねぇねぇマリコリーヌ(なぜか彼はそう呼んでいた)、俺さー、死んじゃったみたいなんだよね」と、とぼけて言っているような気がしてならない。
2021年3月8日、50歳と3ヶ月ぴったりの日に亡くなり、
鎮魂の日、祈りの1日である今日3月11日に、荼毘に付された。
私は、友のいない、この世を、これからも生きてゆかねばならない。

最後に、私が大好きな「畔倉重四郎」の最後の言葉をかんべちゃんに捧げたいと思う。畦倉重四郎とは、大岡裁きにあった稀代の悪党である。その重四郎が大岡越前に捕らえられて罪を認めた後に放ったセリフ。(講談師・神田伯山が松乃丞時代に連続読みを行った)
注※ただしかんべちゃんは私が知る限り、悪党ではなく善人で、女友達は多かったが女関係は残念ながら(笑)クリアだった。

これからテメエらは情けねえジジイとババアになって、薄っぺれえ煎餅布団に寝ながら、こうすればよかったああすればよかったと、細く長い浮世を生きる。俺は、気に入らねえ奴はばっさばっさと切り捨てて、美味いものがあれば食べ、美味い酒をくらい、いい女がいたら抱く。それに比べて、テメエらは金もないから欲しいものも我慢して、肝っ玉が小せえばかりに嫌いな奴がいてもせいぜい影で悪口をいうくらいだろう。いまわの際の布団に入った時、テメエたちは、こんなことならおもしろおかしく生きればよかったと後悔すらあ。
テメエたちは俺が地獄に行くと思っていやがるな、いや違う。テメエたちがいるところが地獄なんだ。俺は極楽だ。
テメエたちは、細く長くつまらねぇ世を生きればいいや。後世に名を残すのは、おめえたちじゃねえ。太く短く生きたこの俺なんだよ!