LARMES Column

五月は袷か単衣か!?【着物だいすき】

正統派と、楽しむことに重きをおく派の違い。
五月は袷か単衣か、の問題の続き。
はてさて、正統派お二人のご意見をうかがってみると・・・。
日本舞踊家の赤堀登紅さんは
「五月の正装はやはり袷。マリコさんのお立場を考えると袷がよろしいのでは?」
とやさしく助言してくださった。
着付けのプロの真知子先生は
「他の方々が袷で、マリコさんだけ単衣ではね・・・」と心配顔。

そして、現代着物を提唱するお二人のご意見は・・・。

お気楽会の主催者でヘアメイク&着付けの村上由見子さんは
「五月も半ば過ぎれば、通は単衣よ。あやめ柄なら季節ぴったりでいいじゃないですか!」と背中を押してくれる。
同じくお気楽会の主催者でスタイリストの原結美さんは
「ルールはいろいろあるけど、結局は自分次第じゃない?」とスタイリストらしいご意見。

そして最後に、仕事でお世話になっている着物店オーナーで
卓越した着物センスを持つ大西先生は
「何年着物の仕事してるの?あの本では(私が関わっている着物の本)、現代に合ったキモノライフを提案しているはず。20度を超える暑さで汗をかいている袷姿は周りの方に迷惑よ!堂々と涼しげに華やかに、単衣で行きなさい!」と喝!

悩みに悩んだ末、大西先生の言葉が強烈な一打となり、
あやめ柄の単衣で出掛けることにした。

それにしても式服はルールが多くてムズカシイなぁと実感した!

でもムズカシイそのルールを学びつつも自分流をつくりあげれば、
着物の世界は面白く奥が深い。

私はまだまだ自分流はできないけれど、
くだんの着物通の方々にはもう少しおつきあいいただいて、
着物を楽しむ道を進んでゆきたいと思っている。


五月の袷【着物だいすき】

とある記念晩餐会に出席する栄に浴すこととなった。
フランス・シャンパーニュの騎士叙任式ということもあり、
せっかくなので着物でお邪魔しようと決意。
ちょうど季節がぴったりのあやめ柄の単衣があるので、早速その準備をしていた。
ところが、着物通のオネエサマにその話をしたところ、一喝されてしまう。
本来、五月は袷の季節である。
さらに晩餐会という席なら、当然袷で出席するべきだと言うのだ。
その晩餐会のドレスコードは「ブラックタイ」。
もう少し軽い感覚のパーティーならば、私も「だって五月に袷なんて暑いし〜、
季節はあやめがぴったりだし〜」と言うところだが、
叙任式の後の晩餐会となると、
一生のうちに何度も経験できることではないので、失敗したくない。
そこで、着物に詳しい友人知人に聞いてまわってみた。
すると結果は、まっぷたつ!
さてさて、どうなることやら・・・。
着物好きとは言え、あまり知識のない者の悩みはここから佳境に入る。


宮尾登美子・きのね【読書する贅沢】

4月の御園座では、予想以上に(失礼!)海老蔵丈の素晴らしい舞台を堪能したので、
久しぶりに「きのね」が読みたくなった。
先々代の市川団十郎をモデルにした小説で、歌舞伎の名門である市川家がどのような戦中戦後を過ごしたか、女中であった主人公が忍耐を繰り返してどう生きたかが見事に描かれた傑作である。
「きのね」に登場する歌舞伎役者の雪雄は、
私の中で勝手に現代の海老蔵丈のイメージと重なってしまった。
何度読んでも新しい感動がある小説なのだが、
今回はセレンディピティを感じる箇所が二度もあったのだ。

「きのね」の直前まで読んでいたのが、石田衣良の「眠れぬ真珠」だったが、
なんとこのふたつの小説に、まったく同じ場所と人名が使われていたのである。
「きのね」で雪雄が結核の療養をするのが葉山の披露山、
主人公の父の名前が清太郎。
「眠れぬ真珠」では物語の舞台が葉山の披露山住宅街で、
主人公に関わる男性の名前が清太郎だったのだ。



「たまたま一緒だっただけ」と言ってしまえばそれまでだけど。
描かれた時代も小説が制作された時代も作家も違うのに、
まったく同じ名前が2カ所も登場したふたつの小説を、
連続して読破したというのは、
読書好きが一人勝手に悦に入るには十分な条件だった。

、本を読んでいると、
「そうそうそう!」と声に出していることがあり、
一人で喜んだり悲しんだり、納得することが多い。

こういう「一人勝手に悦に入る」ことこそ、
読書の醍醐味のひとつだと思うのですけれど、
いかがなもんでしょうか。

それにしても、宮尾登美子と石田衣良を続けて読むなんて、
我ながら、かなりの乱読タイプだなぁと実感したわけです。


990円で簡単エコ!【今日のエコ】

簡単にお漬け物ができる容器を見つけた。
フタが重しになっていて、
夜のうちに野菜・カット昆布・唐辛子・少々の塩を漬けておけば、
朝には即席浅漬けが出来ているというスグレモノ。
キャベツの芯や、キュウリの端っこなど、
調理で使わなかった部位を漬ければ、捨てるとこなしのエコになる。
今日はキュウリの端っこと「お茶漬け海苔」を混ぜて作ってみたら、
なかなかトレビアンな味に仕上がった。


金山の成城石井で990円で見つけ、
重い思いをして持って帰ってきたが、
こんなに簡単にエコクッキングできたので、なんだか得した気分。

そういえば、フランス暮らしの頃、お漬け物が恋しくなり、
密閉ビニールに、野菜・塩・鷹の爪を入れて、もみもみし、
一晩冷蔵庫に入れてなじませ、「なんちゃって漬け物」で
日本の味を恋しがったことを思い出した。


失敗と誠意【えとせとら】

知人がオススメの居酒屋に連れていってくれた。
新鮮なお魚に旬の野菜をふんだんに使ったお皿はどれもおいしくて、
お店の大将とはカウンター越しに話が盛り上がり、
楽しいひとときを過ごしていた。
最後に、二人とも焼きおにぎりを選択。
私たちの目の前で、ちょうど頃合いに焼けたおにぎりを
大将がお皿にのせようとしたその時、
不運にも焼きおにぎりは引力の法則に従って床へ一直線。
知人と思わず目を合わせる私。
すると大将は、何事もなかったかのように
拾ったおにぎりをまな板の上にのせて、二度目の醤油をはけで塗り始めた。
そしてもう一度網の上にのせて焼き台へ。
およそ5分後、私の元にはカリッカリッに焼かれたフレーク状のおにぎりが出されたのである。
残念ながらおいしい物ではなかった。

帰り道、もし私が大将だったら・・・と考えてみる。
潔く謝り、新しく焼き直して出し、
お漬け物かデザートをサービスしちゃうだろう。
私がお客だったら、それだけの「誠意」を示してもらえれば、
納得すると思う。
でもこれって、「余分に出してくれなきゃ許してやんないぞ」
というかなり「いやらしい根性の持ち主」でもあるわけで。
結局のところ、失敗した側もそれを許す側も、
「人間性」が出るものなのだなと妙に納得した夜だった。


谷中魚善 東京・懐石【200字で綴る美味の想い出】

谷中にひっそり佇む懐石料理のお店。地味というか通好みの場所が、このお店を必要以上にメジャーにはしないだろう。料理も場所も雰囲気も、主張しすぎず心地よい。最初から最後まで訪れる人が主役になれる。そして、時代のふるいにかかった料理屋には名物の女将がつきもので、大正から続くこの店にも話の上手な大女将がいる。いつだったか娘さんが近江に嫁いだ話を聞き、その語りのあまりの面白さから近江に興味がわいて小旅行へと繋がったことがある。



※いわゆるグルメブログは、多くのブロガーの方々にお任せするとして。ここでは、愛してやまないお店、あるいはたった一夜の素晴らしい記憶について、200字の文章で綴りたいと思います。お店や写真のデータなどは記載いたしませんので、来訪希望の方は申し訳ありませんがご自身でお調べください。


いもや 東京・天ぷら【200字で綴る美味の想い出】

神保町近辺に何店舗か構える天ぷら屋さんである。ここの前を通ると、胡麻油の香りがぷ〜んと匂う。この街の古本屋や輸入書を扱う専門店に足繁く通っていた学生時代、本屋で伝え聞いたお店だった。美味しさはもちろん、驚くほどの安さと量が貧乏学生にとっては何より代え難い魅力で、食べたらさっさと後の人に席を譲るという暗黙のマナーも好きだった。今でも、せつなくなるほどの懐かしさと共に、時々思い出す。



※いわゆるグルメブログは、多くのブロガーの方々にお任せするとして。ここでは、愛してやまないお店、あるいはたった一夜の素晴らしい記憶について、200字の文章で綴りたいと思います。お店のデータや写真などは記載いたしませんので、来訪希望の方は申し訳ありませんがご自身でお調べください。