今日の地球

黄金の国【今日の地球】


滋賀県の某所にて、稲穂が揺れる様を車の中から眺めていて、15年ほど前にあるイタリア人と交わした会話がふと蘇ってきた。F1日本グランプリが鈴鹿サーキットで行われた時だから、ちょうど10月だったはずだ。当時ルマン24時間耐久レースの取材に行っていた関係で、毎年F1日本グランプリの時はヨーロッパからレーシングジャーナリストやカージャーナリストのアテンドが入っていたのである。マウロさんというイタリア人一行とはルマンで何度も会っていたので、名古屋空港(当時はまだ小牧だった)までお迎えに行き、そのままレンタカーで鈴鹿までご一緒することになった。行く道すがら、見えてくるのは田んぼである。車が愛知県から三重県に入った頃から、稲穂の実りが進んでいて、大きな頭を垂らし、今か今かと収穫の時を待っていた。


日本に来たのが初めてだったマウロさんは、パチンコ店の派手な外観に驚き、コンパクトな日本車が田舎道をすいすいと走る様を見て喜んでいたが、田んぼの稲穂を見ると驚愕の声をあげた。「この黄金に輝くのは何だ?」と。それは稲穂で日本人が主食にしているお米がもうすぐ実るんですよ、と説明すると、マウロさんは再び甲高い声をあげて騒ぎ始めたのである。彼いわく「世の中に美しい植物はたくさんあるけれど、こんな風に黄金に輝く植物を見たのは初めてだ。さらにその黄金が日本人の主食となるお米だと知って感激した。日本人は黄金をおなかに入れているのか!なんて美しい、なんて素晴らしい!!!」と。マウロさんがあまりに興奮しているので少々困惑しながらも、見慣れてしまった風景を改めて見ると、確かにそこには風にたなびいて揺れる黄金があった。日本がジパング(黄金の国)と言われたのは、マルコポーロが中尊寺金色堂の話を聞いたからではなく、もしかしたら稲穂が一面黄金になった風景を伝え聞いたからではないんだろうか。
以来、この時期になると、黄金の田んぼを見てはマウロさんの言葉を思い出すようになった。経済も外交も円も株も震災復興も、なんだかすべて先が見えない毎日で、日本は黄金の国なんだ、などととても言えない状況ではあるけれど、せめてこの黄金が毎年変わらない風景として、子供たちの記憶に留まってくれますように。ただひたすら祈るばかりである。