今日の地球

らっきょうが匂う女【今日の地球】

毎年この季節になると、仲良しフグ料理屋さんの女将から猫なで声で電話がかかってくる。普段は名古屋弁ばりばりのキョーレツキャラの人なのだけど、頼み事ばかりは猫なで声になるのだ。そのフグ料理屋さんでは、フグの醤油焼きの付け合わせに自家製らっきょうを出していて、そのらっきょうが妙に美味しいものだから、おかわりを所望する人も多く、一年分のらっきょうをこの季節に600kgも漬け込むのである。のべ1週間くらいかけて漬け込むので、人海戦術が必要になる。6月の頭は私の仕事が一段落する時期でもあるので、毎年お手伝いに行っているのだ。あと、こういう地道な仕事が好きだったりするので、体力は消耗するけど、意外にも楽しめちゃったりするのである。それともう一つ大きな楽しみが。ここのお店は客筋が良いことでも有名で、らっきょう漬け週間にはお客さんから豪華ランチの差し入れがあるのだ。「この日のお弁当はSのステーキ弁当だよ」とか「その日はIのうなぎ弁当」などと電話でささやかれると、「はいはい行くよ」と即答しちゃう。胃袋を掴まれるとすぐに動いちゃう私です。


土のついたらっきょうを水洗いする→根っこと頭の部分を切り落とす→土が混じっていたり傷がついたりしているので一皮剥くという一連の作業を、総勢8人程度で作業する。このお店では、根っこと頭を切り落とす役目を「切り師」、一皮剥く役目を「剥き師」と呼び、私が行くと「まりちゃ〜ん、今日は切り師やって」とか「はい、ここから剥き師に代わって」と言われるので、その役目をひたすら果たすのが私のお手伝いの内容である。切り師がその日分のらっきょうをカットし終わったあたりで、大将は剥かれたらっきょうの山と格闘をはじめる。らっきょうの新芽が出てこないように、まんべんなく塩をして水気をきる。この時の塩分がらっきょうの塩味を決めるので、極めて大切な作業である。さすがにここからの作業は絶対に人に任せない。なんと、大将はらっきょうの守りをするために、らっきょう漬け週間中はお店に泊まりこんでいるのだ。夜中も何度か起きて、塩をしたらっきょうの山を振って水気をきるのだそう。翌朝、水分が抜けたらっきょうを、特製の甘酢に漬け込み、らっきょうは完成する。


「うちのらっきょうは、一年後に食べてもシャキシャキしていて、味が変わらずおいしくなきゃいかん。これがなかなか難しくてね、昔はよく失敗したもんだよ。フツウのお宅だったら、数ヶ月もてばいいかもしれんけど、うちは商売でやってるからね、一年もたせるにはやっぱり塩と一晩かけて水気を抜くことが大事なんだわ」と大将談。なるほどね〜、毎年大将からはらっきょう漬けの時にいろんなことを教えてもらうんだけど、シャキシャキした食感の秘訣が塩と水気にあったとは。泊まり込みしてまで世話して仕上げる大将の職人魂にはおそれいる。職人好きな私は、いつも大将の横に立つことにしている。大将がくだらない冗談を言いながらも手を決して休めることなく仕事しているのを見ると、らっきょう一粒に愛情をこめて作り上げていることがよくわかる。ま、そんなわけで、この数日は私の手の指かららっきょうの匂いが抜けることはないと思うのだけれど、ご一緒する皆様、どうぞお許しくださいまし。