暮らしの発見

昔の人の知恵【暮らしの発見】


2回連続で実家の荷物整理ネタです。捨てられない症候群の母は、とにかく何でも取っておく人なのだが、自分の両親が愛情こめて用意してくれたお嫁入り道具についても大切に大切に箱に入れてしまっていた。着物やお茶碗、お皿やお椀といった物については、時々押し入れの奥の方から出してきて使っていたし、私も知っていたのだが、中には目にしたことのない物もたくさんあって、ある意味で今回の引っ越しは、我が家の古道具を娘の私が知るよいチャンスにもなった。


その中でも一番私が驚いたのは、お重箱だった。お正月におせち料理を入れているお重箱は私も見覚えがあり分かるのだけど、まったく見た事のないお重箱を母が見せてくれたのである。輪島塗で漆黒の美しい光を放つお重箱だった。外も内も真っ黒で絵柄もなく、それだけに漆塗りの技術の高さがはっきりと判る物。デザインもモダンで現代に持ってきてもまったく違和感はなさそうである。「なにこれ〜?はじめて見た〜!なんで今まで使わなかったの?」と私が聞くと「お正月に使うのはもう一つの柄の物の方が似合うし(内側が朱なのでお正月らしいと考えたようだ)この真っ黒のお重箱は使うのがもったいなくてね、なんとなくとっておいたの」と母が答えると、隣で父が一言「それ、パパも見るのはじめてだよ」。結婚相手も知らないお道具って〜果たしてお嫁入り道具って言えるのかしら???と素朴な疑問を感じつつ、父母のビミョーな空気感を感じ取って口には出さずに我慢した。すると、そんな空気を断ち切るかのようにノーテンキな母の発言が続く。


「マリちゃん、これ何か知ってる?」と←この箱を取り出して見せてくれた。なにやらおめでたそうな亀甲文様で、ふかふかした小さなお座布団のような物。お寺さんがいらっしゃった時に何かを載せるの?と素っ頓狂な発言をする私を一瞥して、母が説明してくれた。「これはね〜、重掛け(じゅうかけ)って言うの」「重掛け?なにそれ?」「お祝い事の時に、お重箱の上にホコリ除けでのせるもので、実際は飾りかな」「へぇ〜、だから亀甲文様なのね〜」


つまり、←このようにして使うのだそう。
こうして重掛けがかかっていると、中のお料理も高尚なメニューに思えてきそうだ。もちろん正絹で出来ているので、お手入れや保存方法は着物と同じく気を遣わなければいけない。


ハレの席で用いる華やかな道具と、日常のケの場面で気楽に扱える道具。昔の物ほど2つの役目ははっきりと分かれていたのである。もちろん、このお重掛けはハレの席で使う物なので、大切に箱に入れてしまわれていたのだ。二つ折りにして、折り皺がつかないように真ん中に真綿の棒を挟み、箱に入れる。真綿にくるまれるように、という表現はあるけれど、真綿を挟んで、というしまい方があったんですね〜。大切な道具としての扱いを受けたこの重掛けは、55年が過ぎた今でも一片のシミもなく、絹の美しい光沢を保ち続けている。昔の人の[物を大切にする考え方]に改めて感じいった晩夏の夜であった。