伝統工芸の職人たち

挟土秀平「土と水陽」青と琥珀【伝統工芸の職人たち】


高山の左官職人・挟土秀平さんの個展「土と水陽」が、渋谷東急BUNKAMURAで始まっている。東京出張の際にお邪魔してきた。
http://www.bunkamura.co.jp/gallery/100603hasado/index.html
キリン焼酎「白水」の地下鉄車内刷りポスターに挟土氏が起用されており、今回の個展はキリンビールが協賛している。ポスターの方はご覧になったことがある方も多いはずだ。4月に高山でお会いした時に、個展で用いる文章を見せていただいたので、その文章に作品がどう絡むのか、一体どんな仕上がりになっているのか、とても楽しみであった。


展覧の前半は、キリンビールからのオーダーで制作した「水の鼓動」をはじめ、コマーシャリズムにきちんとのっとった物でまとめられていた。左官の仕事にはかならず施主がいるのだから、この場合の施主がキリンビールと考えれば納得できるなぁと考えながら、隙のないきれいな仕上がりの「壁」を見てまわった。「水の鼓動」の微妙な色の移り変わりは照明の効果かな?と思ったが、実はすべてが計算された土の色の積み重なりであった。まるで緻密に計算され織り込まれた紬の文様のように、縦、横、斜めに水の波紋が広がっている。完璧、である。土で水を表現できるなんて凄い!と思ってから、はっと気がついた。土は水に含まれているものだということを。ここで、個展のタイトル「土と水陽」を改めて考えさせられる。う〜ん、やっぱり唸らされるな〜、秀平さんには。



そしてこの個展の真骨頂は、後半にあった。「青と琥珀」と題された小説のような物語にそって、十数点の「壁」が作品となって掛けられている。もちろん文章も挟土氏によるものだ。壁は、土の上に群がる蟻の姿だったり、心の奥底のほとばしりだったり、どこにも持っていきようのない哀しみが表現されたりしていた。物語にそって作品を見ていたら、なぜか苦しくなってきた。苦しくて、その場に居ることができなくなって、慌てて建物の外に出てしまった。こんな展覧会ははじめてだ。苦しくなった原因のひとつには、すべての作品が美しく隙がなさすぎるということ。そして、もうひとつは、作者の感性がナイフのように尖って研ぎ澄まされすぎて、受け止める側が咀嚼に苦労するということ。挟土秀平とは一体何者か。左官か、芸術家か、否、詩人か。おそらくそのすべてなのだろう。その感性を受け入れるだけの受け皿を持たない私は、受け止められなくて苦しくなったみたいだ。
あ、こんな風に書いちゃうと、個展のアピールになってないかな。でも本当に素晴らしい作品ばかりなので、是非ご覧になってください。開催中はご本人にお会いできるかもしれませぬ。あ、でも私はご本人のお写真を撮り忘れてしまいましたけど。


挟土氏は、使い古された言葉かもしれないけど非常に人間くさい。キリンの焼酎「白水」の商品コンセプトをアピールするのにはピッタリの逸材だと確かに思う。語らせたら詩人だし、壁を塗らせたら芸術家だし、こんな逸材をメディアがほっておくはずがないと思う。でも挟土氏が創りだす壁の美しさとは別の世界で、タレントとしての挟土秀平が一人歩きしてしまうのではないか?と勝手な老婆心を抱いてしまう。高山の雄大な自然に佇み、土と水に向かう左官職人として、いつまでも存在して欲しいと願ってはいけないのだろうか。でも多分、私の老婆心は陳腐にすぎないのだろう。なぜならコマーシャリズムとは関係のないところで「青と琥珀」というとんでもない文章と壁の作品をこうして発表しているのだから。左官の枠を超えたアーティスト挟土秀平を象徴するように、今夏、銀座和光のショーウィンドウを彼の壁が飾る。