伝統工芸の職人たち

表現者【伝統工芸の職人たち】

先週末、春祭が終わったばかりの高山に出掛けた。
ワイドビューという名の通り、本当にワイドに広がった窓から眺める山の景色は素晴らしい。急な冷え込みで冬に逆戻りしたかのような気候が続き、花の蕾も人間もすっかり体を縮めていた頃で、今が冬なのか春なのかがよくわからなくなっていた。名古屋から高山に向かうと風景は季節を逆戻りする。桜がほとんど散ってしまった名古屋をあとに、電車から見える景色は、葉桜から散り際へ、そして下呂あたりで満開を迎える。映像を逆回しして見ているみたいで退屈することなく、2時間強の時間はあっという間に過ぎてしまった。


それにしてもやっぱり高山は名古屋に比べると寒い。雪こそさすがに降ってはいなかったものの、駅について電車から降りた瞬間、さむっっっ!と声に出してしまった。「こんなもん、寒くなんかねーよ」と頭っから否定してきたのは、左官職人の挟土秀平さん。5年ほど前に取材がきっかけで知り合いになった。NHKやTBSの番組、キリンのCMなどですっかり有名人で、今や左官という枠を超えたアーティストとして多くの話題を呼んでいる。その彼が私財と情熱と技術のすべてを注ぎ込んでいる「王国」を2年ぶりに見せていただいた。古い古い洋館に出逢った彼は、そこに昔の職人技術の素晴らしさを見た。ぼろぼろの洋館を買い取り、1700坪の土地を手に入れて、そこに復元移築するという壮大な計画を実行中なのである。(※その進行過程が某局で映像化されるそうなので、皆様楽しみになさってください。ここでは中途半端な写真紹介はやめておきます)


小雨が降る中、その洋館に向かった。ブルーシートに覆われたこの洋館の中は、挟土秀平の世界観で満ちていた。
オレがやっていることはサグラダファミリアだよ、と秀平さんが言うように、それはそれは物凄い世界だった。すべて秀平さんのデザインである。現代最高峰の大工による細工、飛騨春慶の建具、修復した春慶のドア、絶妙なバランスの色配合。すべて手で積んだあまりにきれいな石垣、手植えした山野草、まるで昔からそこにあったかのようななんでもない石の階段。そして左官技術の高さを感じる壁。一面の壁だけでこれだけ人を陶酔させる職人は、おそらく他にいないだろう。語っても語ってもその完璧なまでの美しさは表現できない。思わず言葉を失い、壁に手をあててしばらくじっとしていた。なぜだか泣きそうになった。


全国を飛び回ってあれだけ忙しい仕事をこなしながら、一人の表現者としてこんなにも次元の高い世界を創りだしていることに、心から敬意を表するし同時に自分がはずかしくもなった。実は再会した瞬間に秀平さんに言われたのである。「今、病んでるだろ?」と。自分では病んでいるなどとは思っていなかったので、その言葉にびっくりしたけれど、この洋館を見てからは秀平さんの言った意味がなんとなくわかったような気がした。豊かな自然の中で時に自然の厳しさを眼前に、土と水に向かっている秀平さんの心の声は、この日の春雨が大地を湿らしたように、しっとりとやさしく体に染みていった。