伝統芸能の継承者たち

名古屋平成中村座〜法界坊〜【伝統芸能の継承者たち】


素晴らしかった。最後は特に圧巻だった。歌舞伎では普通はしないスタンディングオベーションが自然にわき起こった。中村勘三郎、ブラヴォー!と。

勘三郎丈の見事なセリフまわしに、ジョークがたっぷり効いたアドリブ。脇を固めるのは、スッキリ二枚目の橋之助に個性派の笹野高史、独特の面持ちの片岡亀蔵、お品の良い御姫様役の中村扇雀。そして二人の息子、勘太郎と七之助。
小気味の良い江戸弁と早いテンポでストーリーはどんどん進んでいった。抱腹絶倒の連続で、一瞬たりとも舞台から目が離せない。
そしてなんといっても、最後のダイナミックな演出は見事であった。名古屋城二ノ丸を借景に仕掛けたアイデアに、かの徳川宗春もさぞ喜んでいることだろう。

名古屋平成中村座は、江戸時代の芝居小屋を再現して作られたものだ。会場の半分は座布団の上に座る席になっていたし、ろうそくに見立てた照明が用いられ、さながら江戸の中村座がそのまま名古屋城下で興行しているかのよう。そして最初から最後まで、昔の芝居演出の方法を極力取り入れて、電気などを使わずに人力で舞台を動かしている。こじんまりと作られた舞台は、観客との距離が近く、演ずる側も観る側も一体感をもって芝居を楽しむことができた。歌舞伎界の歴史に名を刻むであろう名古屋平成中村座に「参加」できたことがとても嬉しかった。

中村勘三郎の当たり役である「法界坊」を観たのははじめてのこと。私にとってこの名前は、子供の頃に叱られた記憶につながっている。お金と女に目がなく、どうしようもない生臭坊主の悪党は、乞食坊主と呼ばれるほど汚くだらしのない格好をしている。私が小さい頃、洋服を汚したり、ぞろぞろとスカートをひきずっていたりすると、必ず「そんな法界坊のような格好はやめてちょうだい!」と母から怒られたのだ。法界坊そのものを知らない私は、大人になるまでずっと、法界坊と言えばだらしなく汚い人の形容詞だと思い込んでいたのだ。今日、長年の疑問がやっと解けたような気がする。法界坊という言葉には忌み嫌うような印象を持っていたが、勘三郎が演じた「どこか憎めないキャラ」がその印象を塗り替えてくれたようだ。

次は楽日の夜の部。近松と黙阿弥という江戸のスーパーストーリーテラーの作品が現代名古屋に蘇るのだ。今から心待ちでならない。