伝統芸能の継承者たち

10月の顔見世、棒しばりの思い出【伝統芸能の継承者たち】


コラムアップがされてないけど生きてるのかっ???と心優しいメールをくださった皆様、しっかりしぶとく生きてます。日々のあれこれについて、twitterやfacebookに書くようになったからか、なかなかコラムの長文を書く余裕がない日々。ま、ただ単になまけ癖がついちゃっただけなんですけどがっっっ。そして今回のテーマがこれまた一ヶ月以上前のネタ、名古屋御園座の秋の顔見世でございます。ネタ古すぎじゃね?というツッコミ承知でアップするど〜。
というわけで行ってまいりました。楽しみにしていた顔見世・夜の部は、私が大好きな演目ばかり。濡髪長五郎、棒しばり、助六由縁江戸桜。有名な外題なので皆さんもよくご存知のストーリー。わかっているはすなのに、お涙頂戴の場面ではうるうるしたり、面白い場面ではおなかの底から笑ったりできるのだから、芸能というのは本当に不思議な力があるものだ。水戸黄門が印籠を出す瞬間の面白さと同じなのかな。結末がわかっているがゆえの安心感みたいなもの。観客が結末を知っていることを理解した上で、いかに演じるかというわけなのだから、演者さんのご苦労やご努力は相当のものなんでしょうね。



市川家の助六とあって、
お決まりの浄瑠璃・河東節も登場。
知人がお三味線で参加していました。


さて、今回はあのお騒がせエビ様が舞台復帰されるということで、会場にはエビ様ファンがつめかけていたが、今回の演目ではあくまでも端役としての扱いであったエビ様。中でも棒しばりでは、お酒好きが主人の留守に酔っぱらって粗相をはたらく内容だったので、ほくそ笑んで舞台を観ていたご仁も多かったのではないかと思う。太郎冠者と次郎冠者を三津五郎さんとエビ様が演じられたのである。円熟味を増した三津五郎さんと元気旺盛のエビ様の好対照で面白く舞台を拝見していたが、私が今までに観た中で一番印象的だったのは、もう10年ほど前に橋之助さんが演じられた棒しばりだった。


棒しばりは、主人が留守をする間にお酒好きの太郎冠者と次郎冠者がお酒を盗み飲みすることを心配して、手が使えないように棒にしばりつけられる話である。実際に主人が出掛けてしまうと、二人はしめしあわせてお酒を飲み、大酔っぱらいになるのだが、棒にしばられたまま踊る姿が実に滑稽である。橋之助さんは、しばられる前に棒を使って舞うシーンのところで、なんと誤って手をすべらせ、棒を落としてしまわれたのだ。目の前で観ていたわたしたちは一瞬ひやっとした。会場はし〜んと静まり返る。ところが、である。橋之助さんは一言も発することなく、すぐに棒をひろってアドリブの舞いをはじめた。自分が手をすべらしたわけではなく、この棒が勝手に自分の手から離れたがって踊って行ってしまった。聞き分けのない棒よ、自分の手にきちんとおさまっていなさい。と棒に語りかけているのが、舞いから理解できたのだ。会場はわれんばかりの拍手。成駒屋!の掛け声があちこちからかかり、舞いはそのまま次の段へと進んでいった。


私が個人的に橋之助さんのファンであることは、まぁおいといて。橋之助さんのアドリブは、ただ機転がきいていたというだけではなかったように思う。心から芸を愛する人の舞台は、そこにどんな逆境が待ち受けていても、必ず人を魅了するものなんだなぁと実感したわけであります。親から受け継いだものだから仕方なくやっている人と、芸が好きで好きで仕方がないという人では、やっぱり観る方にも心根が伝わってくるんですね。多分、これから何度も観ることになるであろう「棒しばり」、私の中でダントツ一位はおそらく10年前の橋之助さんがその座を譲ることはないだろうと思う。