伝統芸能の継承者たち

松島の情景に思いを馳せて【伝統芸能の継承者たち】


映画パーソナリティで映画のお姉さんこと松岡ひとみさんにお誘いを受けてお出掛けしてきたのが↑常磐津研究所。ひとみさんの従姉妹さんで名古屋むすめ歌舞伎を創立なさった市川櫻香さん主宰の「櫻 別会」にお邪魔してきた。常磐津「松島」の解説と櫻香さんの舞踊が拝見できるという内容。時間ぎりぎりに会場に着くと、櫻香さんファンの方々や舞踊のお稽古されているお嬢さんがすでに席を埋めていた。私も末席(ホントに末席だった!)に座らせていただき、櫻香さんお弟子さんによる常磐津・松島の解説に聴き入った。
明治に作曲された「松島」は、日本三景の一つと言われる三陸海岸一帯の景勝地を唄ったもの。歌舞伎演目の作者でも知られる河竹黙阿弥が作詞したという話を聞いてびっくりした。黙阿弥って常磐津も作ってたんですねぇ。松島の四季や美しさとその地に瑞々しく生きる人の姿を描いていると言われているそうで、文字を追って読んでみると、韻を踏みながら限られた文字数の中に色気と雅がちりばめられている。言葉が細かく計算されて作られているので、常磐津の節になってもする〜っと聴き入ることができるのだ。優れた作り手というのは時代に関係なく、人を言葉で酔わすことができるというわけですね。


常磐津の解説と振りの説明が終わると、櫻香さんの舞踊になった。以前も舞台を拝見して感じたのだけど、櫻香さんというのは静謐な情熱をたたえた方で、その真摯なお気持ちが現れた舞踊に、観ている方も胸がきゅんとなってしまう。この時もそうだった。むすめ歌舞伎を創立なさった時のお話や歌舞伎にかける思いなど、いつか取材するチャンスがあるといいんだけど。


そして櫻香さんの言葉で印象に残っているのが、東北の地で継がれた数々の唄についてである。会場入り口の八重桜が満開のこの日に、今回の被災地の一つである松島を会のテーマに選ばれたのだから、被災地の方々へ思いを寄せていらっしゃるとは思っていたのだけど。櫻香さんいわく、東北だけではなく、日本各地の風景を歌った唄が今消えつつあるとおっしゃるのだ。歌舞伎で用いられる唄は演目と一緒で、舞台に映える派手な内容のものが多い。でも常磐津・松島のように、日本の美しい風景を歌ったものは地味でもあるため、なかなか唄い継いでいく人が少なくなってしまったのだそう。「映像やCDで聴いたことはあっても、実際に演奏や舞踊を目の前で聴いたり観たりすることがないから、どうしても唄われなくなっていくんですね。それはとてもさびしく残念なことです」と本当にさびしそうにお話されていた。


受け継いでいこう、次の世代に残そうとわたしたちが思うのは、工芸品や着物など目に見える有形のものを考える。唄とか舞踊のように、無形のものにはなかなか意識がいかないのが現実だ。今回の震災で多くの有形物が流され、焼けて、壊れてしまったことを嘆き悲しむ声は多いが、常磐津・松島のように、被災地のかつての美しさを表現した素晴らしい唄が消えゆこうとしていることに注目する人は残念ながら少ないのだと思う。そこに着目して、さびれゆく無形の美に視点を注ぎ、踊り継いでいこうとする櫻香さんの意思には本当に心打たれた。さびしげな櫻香さんの心を映すような、薄曇りの肌寒い春の一日だった。