伝統芸能の継承者たち

市川桜香さんの会【伝統芸能の継承者たち】


名古屋市能楽堂で開催された市川桜香さんの会にお邪魔してきた。市川桜香さんと言えば、むすめ歌舞伎を始められたことで有名な名古屋の舞台芸術家で、歌舞伎の市川宗家から市川姓を許されたことでも知られている。お名前はよく存じていたのだが、舞台を拝見するのははじめてのこと。ヘアメイクの村上由見子さん、スタイリストの原結美さんと一緒に拝見した舞台は驚きの連続だった。まずは最初に新作「天の探女」。これは能の「岩船」をベースに、能と狂言と歌舞伎の要素をひとつの舞台に融合させたものだった。この3つの芸能は、伝統芸能という一言でまとめてしまうには、それぞれあまりに多くの要素を持っている。それを舞台の上で融合させるのだから、相当なご努力が必要だったはずと素人ながらに拝見した。脚本は市川桜香さん自ら筆をとられたようだ。結果、私が感じたのは、そこには女性ならではの美しい表現の融合があったということ。能の荘厳さ、狂言のペーソス、清元の華やかさ、歌舞伎の豊かな台詞まわし。それらすべてが女性特有の器用さにより、きれいにまとまった脚本になっていたのだ。きっと、むすめ歌舞伎をはじめられたご経験が生きているんだろ〜な〜と考えていると、場内は舞台演出で真っ暗に。ストーリーに登場する不思議な光る石を演出するため、能楽堂が真っ暗になったのだ。御園座の照明の方がいらっしゃって照明を担当されたそうだが、このような舞台で照明の演出により舞台を効果的に見せるとは、これまた新しい試みであり驚きだった。芸能に限らずどんなことも「公衆の前ではじめて試み発表する」というのは、勇気と臆病さの両方が必要になる。勇気だけでは空回りする。そこに臆病なまでの繊細さがないと実現できないはずだ。今回の桜香さんの初の試みの奥には、どんな臆病さが渦巻いていたのか。最後に挨拶に立たれた時の桜香さんの涙が、その奥深さを物語っているようで、見知らぬ私まで胸が熱くなった。


途中、お話をしてくださった能楽師の藤田六郎兵衛さん。
能の監修と能楽笛方として舞台に上がられた。
きりっとした佇まいには、
勝手ながら、いつも惚れ惚れとさせていただいている。むふ。


充実した午後を過ごして、共に泉1丁目住民である由見子さんとタクって帰る途中、ついつい話に花が咲き「ちょっとお茶する?」がいつしか「一杯だけ呑んでく?」に早変わり。ご近所のバーでシャンパンとビールで乾杯し、伝統芸能の高尚さとは真反対の世間話に夢中になった。ま、伝統芸能のネタも、男女の恋愛話なんかがほとんどなのだからして、こういう世間話から芸能が生まれるんでありますよ、いやホント。