伝統芸能の継承者たち

赤堀登紅さんの夜桜会【伝統芸能の継承者たち】

昨年九月の「観月会」に引き続き、日舞赤堀流師範である赤堀登紅さんの「夜桜会」にお邪魔してきた。徳川園にある「蘇山荘」にて行われる会で、お庭の特設舞台で登紅さんが舞踊を披露してくださるのだ。友人ではあっても彼女の舞踊を観るチャンスはなかなかないので、私にとってはとても心待ちな定例会となっている。ワイン好きでもある登紅さんの周りには、やはりワイン好きのご友人がいっぱい。着いて早々にシャンパンをいただいていると、そこにボランジェ’03を持ったとある国のプリンスが。ボランジェをいただきたくて、最初のシャンパンを一気飲みしてしまったじゃありませんか。嗚呼なんてゲンキンな私・・・。こんな感じでお食事やワインと談笑を楽しんでいると、登紅さんの舞踊が始まるというので、グラスを持ったままお庭へと移動。あれ?さっきまでシャンパンをストローで飲んでいたけど、大丈夫かな(舞台化粧していらっしゃるのでストローで飲んでいらした)。ま、そのあたりはプロですからね、まったく問題ないのでしょう。


という私の思いはぴたりと合っていて、舞台に立った途端に周りの空気まで変えてしまう登紅さん。舞踊は「大和楽 花吹雪」。
登紅さんの「花吹雪」を観ていて、12〜13年ほど前に御園座で観た中村時蔵さんの「手習い子」を思い出してしまった(実は時蔵さんは一番好きな歌舞伎役者さんなのです)。「手習い子」は、少女がお稽古帰りに蝶とたわむれたりして遊ぶ様子を舞踊にしたもので、その当時40代だった時蔵さんは、どこからどう見ても十代の少女。そのあまりの可愛さに惚れ惚れしたのを覚えている。この夜の登紅さんもそうだった。30代の素敵なマダムである登紅さんの姿はどこにもなく、舞台の上には恋する少女が初々しく舞っていた。


どうですか、この姿。
ラインがとても美しいですよね。
いい姿〜。ほれぼれ〜。


合間をぬって登紅さんと記念撮影。
前回通り、ちゃんと床山さんによる鬘と
舞台化粧をほどこしたいでたちでございます。
お衣装にはちゃんと桜の花。素敵ですね〜。


フラッシュをたきたくなかったので、写真がこんなピンぼけでごめんなさい。2つ目の舞踊は「大和楽 鐘」は、安珍清姫伝説が題材の演目。そうそう、あの道成寺のお話ですね。最初の花吹雪とは真逆とも言える女性の情念を描いた舞踊である。初々しい少女は恋に身を焦がす情熱の女性へと早変わりしていた。どちらも女性の純粋さという意味では同じなのに見事に対照的となった2つの舞踊。まるで桜の咲き始めから散り際の美しさを見たようで、登紅さんの熟慮された選択はさすがでございました。腰をコンパスのポイントにして、上体と下肢が自由自在に描く美しいライン、こういう舞踊を見ると胸がスッキリする。それにしても、決して十分とは言えないこの広さの舞台では、おそらく身体の動きや振りを小さくまとめなくてはいけないだろうし、観る人の立ち位置はお庭やお座敷と視点がバラバラだったりするので、登紅さんもさぞ細かな配慮が要ったのではないかと拝察する。それでも、私のような素人にも舞踊っていいなぁと思わせてくださるのは、本当にさすが、ですね。先般のコラムに登場した挟土秀平さんの職人技に言葉をなくすほど感激した私が、今度は伝統芸能の世界でも精緻な技にふれることが出来た。長い時間をかけて培われた技やセンスって、本当に素晴らしいですね。四月の肌寒さから五月の爽やかさへと変化した気候同様、心も晴れやかになり、かくも嬉しい春の宵でありました。