徒然なるお仕事

筆文字ライター【徒然なるお仕事】


これ、焼き鳥屋の壁を撮影したんじゃございませんよ。
そして、美味しいものブログでもございませんよ、Iケ谷さん。
事務所部屋のお掃除をしていたら、書類の山の中からこんな物が出てきたのだ。ワタクシが筆で書いた焼き鳥屋さんのメニュー名。
半年ほど前、付き合いの長い仕事仲間で友人でもあるコピーライターのO河原氏(あ、ほとんど名前ばれてる)から電話が入った。「焼き鳥屋さんのオープニングを手掛けることになったんだけどさ、筆でメニュー書かない?」「かなりの癖字だけど、それでいいなら書くよ〜」「んじゃ串カツ80円、ホルモン80円、心臓100円で書いてみて。先方に見せて通ったら改めてお願いするわ〜」


久々に引き出しから筆を出して半紙にメニューを書き、先方に提出し、その一部が書類の山の中に埋もれていたというわけだ。ご覧の通りの下手字なんだけど、かなり癖が強いので、それが知り合いのデザイナーたちにおもしろがられ、ステーキハウスのメニュー、ポスターのキャッチコピーやハウスメーカーのオリジナル商品ロゴを書いたりして、密かに筆文字ライターとしてデビューしているのであります。この焼き鳥屋さんのメニューのお仕事は残念ながらボツってしまったんだけど。


小学生の頃、実はこれでも、高名な書家の先生に習字を習っていた。先生はそれは立派な方だったが、生徒の私は一向に上手くならず、途中で嫌になってしまって、中途半端なまま習うのをやめてしまった。字が下手というコンプレックスを引きずったまま、高校生の頃は「丸文字」でごまかし、就職活動で履歴書を書く時に再び下手字のコンプレックスに見舞われる。ところが、仕事をするようになってから、私の文字の歴史は大きな転換期を迎えたのである。

毎日取材に出掛けてメモをとることが日常の仕事だと、聞いた話の要点をいかにスピーディーにわかりやすくメモするかがとても大切な技術となる。おそらく新聞記者などは、そういう技術を教え込まれるのではないかと思うのだけど、広告の世界ではそんな教授はなかった。
取材から戻って取材メモを見る時、乱雑にいい加減に書かれたメモでは、我ながらがっくりする。そこで、下手なりにも早く書けて見やすい術を工夫したのである。まずボールペンから水性ボールペンに変えてみた。筆圧が高い私は、ボールペンだと力が入りすぎて疲れてしまう。先が軽やかにすべる水性ボールペンにより、自然に流れるような字になっていった。紙の上でペン先がするすると流れてくれるので、力が抜けていい感じになったのだと思う。こうして読みやすい自己流の速記術のようなものが出来上がり、癖が強いけどおもしろいと言ってもらえるような字が誕生したのだ。


ラフスケッチに手書きコメントをつけると、癖字に味があって雰囲気がいいと言ってもらえるようになった。以来、少々有頂天になり、自分の下手字に愛情を感じるようになる(字を褒めてもらうなんて、なんといっても人生はじめての体験だったので)。お世話になった方にお礼状を書いたり、ご挨拶の折にお手紙を添えるようにして、他人様に文字で気持ちを伝えることができるようになっていった。こういうのを典型的な下手の横好き、と言うのでしょうね。お世辞にも上手いとは言ってもらえない字だけど、心をこめて書けば、気持ちは通じるのである。
そういえば、便箋にしたためる手紙というのをしばらく書いていない。公私共についついメールに頼ってしまう今日このごろ。埋没していた「ホルモン串カツ」が出てきたことだし、たまには長いお手紙を書いてみよう!と思いついた晩秋の夜であった。