徒然なるお仕事

泣く女、泣けない女【徒然なるお仕事】

年の瀬がここまで迫っているというのに、未だに年末という感覚がない。毎年それが薄れてゆくのは、年末年始さえも頭のどこかで企画やら先々の予定のことなどに思いを巡らすのが当たり前になってしまったからなのか。決してワーカホリックではないつもりだが、傍から見ればこれもワーカホリックなのかもしれない。ともあれ、今日は大晦日。一年を締めくくる一日として、印象に残ったことを書きたいと思う。
仕事で出逢ったある女性とある男性のお話。これから書くことのほとんどが事実だが、多少創作を交え、ご本人であることが特定されないように考慮したつもりなので、詳細についてはご想像にお任せする(つまりこれ以上のことはプライベート情報になるかもしれないので教えられませぬ)。


ある化粧品メーカーの新商品ポスターのCDを受け持ち、撮影に立ち会ったその日。スタジオに集まったのは、クライアントをはじめ、代理店、カメラマン、デザイナーなど総勢10名のクルーだった。撮影はまぁそこそこ順調に進んでいるかのように見えた・・・・が、途中でカメラアシスタントの女性がちょっとした失敗をしでかしてしまった。当然ながら撮影は中断し、その場には冷たい空気が流れる。女性アシスタントはスミマセンと繰り返し謝りながら、上司である男性カメラマンの顔色をうかがう。私たちもなんとか事態を取り繕いたいので声を掛けようとするが、当のカメラマンは怒りで興奮し今にも爆発しそうな勢いである。ちょっとヤバい雰囲気だな、クライアントもいるし・・・と思った瞬間だった。カメラマンがアシスタントの女性をどなりつけたのは。


「何年やってんだお前!こんな初歩的なミスがスミマセンで済まされるわけないだろっ!謝れ!」「本当にスミマセン」(頭を下げて謝っている)「そんなんじゃダメだ、土下座して謝れ!」「申し訳ありませんでした」(ホントに土下座して謝っていた、そんなことよりも早く撮影再開するための手はずを整えて欲しいと周りのみんなが思っていた)そして驚いたのはここからである。
「お前!今日立ち会ってもらってる人の時間をなんて考えてるんだ。こんな失敗やらかして泣きもしないってどういうことなんだ!泣け!泣けよ!」
え?????泣けばいいんですか?っていうか泣くことって、ここで大切なことなんですか?という私の心の声はまったく届かなかったようで。なんと女性は大きな声をあげて泣き出してしまった。泣けと言う方も言う方だけど、泣けと言われて泣いちゃう女もどうなんだ???(きっとそれがはじめてのことではなかったんだと思う。怒られる→泣くという方程式が二人の間で出来上がっていたのではないかしらん)


結局30分ほどその問答が続いて、泣きながら失敗を片付けていた女性アシスタントは、泣きはらした顔でその後も撮影にのぞみ、彼女がやらかした失敗のおかげで約1時間ほど遅れて撮影が終了した。もちろん場の雰囲気は最悪で、なんとも後味の悪い撮影となった。唯一救いだったのは、上がった写真が思いのほか出来が良かったこと。


その日の夜、自分が泣く時のことを考えてみた。私は基本的に負けず嫌いということもあり、仕事先では絶対に泣かない。お客様からお叱りを受けることなんて山ほどあるけれど、平身低頭で謝るが泣きはしない。次に相手が望む以上のものを制作して、今度は絶対に褒めてもらうんだ!という思いの方が強くて、自分の失敗に対して泣くことはしてこなかった。というか、正確に言うと、人前では泣かなかった、のである。


何年も前のことだけれど、一度こんなことがあった。ある不動産会社のパンフレット作成をした際、私のコピーに対してクライアントの担当者が驚くような罵声を浴びせたことがあった。今から思えば、その担当者は浮気でもバレて奥さんと大げんかして八つ当たり先を探していたんじゃないかな?と思うほど、馬鹿げた難癖をつけられた。でもコピーは読む人の好みで判断されてしまうことがあるので、こういう時は逆らわずに相手の好みのように仕上げることにしている(ま、その時点で心は入りませんが、これをモンスタークライアントと呼んでいる)。その日の私の仕事は相手からの罵声にひたすら耐えることだと判断して、悔しいけれど我慢した。事務所に戻ってから、代理店の営業の女性(50代くらいの人だった)が気づかって電話をしてくれて、こう言った。「近藤さん、あんなひどい事を言われてよく泣かなかったね。よく我慢したね。これが若い子だったら大泣きしてるとこだわ」と。そうか、普通は泣くところだったんだ、と思った瞬間に悔しくて悔しくて、電話を切って一人で目が腫れるまで大泣きした。


舞台や映画を見て感情移入し、人前で大泣きすることはしょっちゅうなのに、仕事となると泣けない。泣いてはいけないと思ってきた。でも、もしかしたら泣ける女の方が可愛いのかな、と件のカメラマンの発言を聞いてから思うようになった。泣くという作業は女の特権と思っている男性が存在する以上、泣ける女は、泣くことで物事を終わらせ、完結させているのかもしれない。泣く女は、その涙の分だけ実は強く、泣けない女は、泣くことで許されてこなかったから窮地に立たされた時に打たれ弱い。
もうすぐ2012年が終わり、2013年がやって来るけど、多分来年も私は泣けない女のまま一年を過ごすことになると思う。そんな不器用?な私ですが、皆様お見捨てなく、来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。良いお年をお迎えくださいまし。