徒然なるお仕事

ペンより大切、シューズの力。【徒然なるお仕事】


以前このコラムでも書いたことだけど、職業は何かと聞かれてコピーライターと答えると、かなりの確率で「原価がかからず、ペンだけあればいい仕事っていいね」と言われることがある。ところが実際に私たちがお仕事をするのに必要なのは、ペン(考える頭)よりも先にシューズ(過酷な取材や執筆に耐えうる体力)ではないか?といつも感じている。真夏の太陽や厳冬の夜露の下で取材をするには、体力が必要最低条件なのだ。普段の生活で、地下鉄3駅分くらいなら歩いちゃうし、結構な距離を自転車で暴走したりしているので、体力はある方だと信じ込んでいた私が、今回のロケでは完璧に体力不足を思い知らされることとなった。まさにタイトル通り、ペンよりもシューズの力が大切な取材だったのだ。お邪魔したのは、上田市に五百有余年に渡って伝承されているお祭りだった。詳細はまた広報物が出来上がるタイミングでご紹介させていただくこととして、このコラムでは過酷なロケの内容をメモ代わりに記すことにする。


●過酷その1。取材の集合時間は、午前3時30分であった。三大欲である食欲・○欲・睡眠欲の中で、一番プライオリティが高いのは睡眠欲だと公言してはばからない私にとって、午前3時30分集合という数字がすでにプレッシャーだった。おかげで前夜は10時に床に入ったものの緊張して眠れず、ほとんど徹夜状態で3時30分を迎えた。
●過酷その2。そのお祭りは山頂で神事をおこなうため、夜明け前に1000kmを超える山に登らなければならなかった。途中までは軽トラに乗せてもらって険しいでこぼこ道を行き、途中からは前夜までの梅雨でぬかるんだ急斜面の山道を登るのである。
●過酷その3。山登りなどしたことがない私は、動きやすい靴ならいいと思い込み、あろうことかスタンスミス(テニスなんかしないくせに)で行ってしまったのである。朝、私の足元を見てディレクターのS氏は「絶対に滑るよ、その靴。トレッキングじゃないと!」と断言した。え〜事前に教えておいてよ〜!と心の中で叫びつつ、登山に臨んだが、S氏の予言通りに滑る滑る。こりゃ過酷だ。
●過酷その4。山頂について神事が終わると、地元の皆さんは御神酒を飲み始めた。下りの山道のことを考えるだけでぞっとしていた私は、さすがにお酒は控えた方がよいと判断し、丁重にお断りすると「なに言ってんだ、御神酒をいただかなきゃ神事は終わらないよ。下山する時はちゃんと俺たちがついていてやるから、飲め飲め飲め飲め飲め」と勧められ、そこまで言われたら・・・と御神酒をちびちび。お酒が好きな私でも、さすがにこれは過酷でございました。


●過酷その5。さて帰り道。登りの途中まで軽トラだったけど、下山は最後まで自分の足、である。地元の皆さんは幟(のぼり)を持っての下山なので、私よりもずっと過酷だったはずだけど、なぜだかスルスル〜っと降りて行く。その方たちの靴を見せてもらうと、慣れた人は地下足袋。若い人はトレッキング、そうじゃない人はシューズにフックのような金具をつけていた。滑る靴でのぞんだ私は再び悲鳴をあげながら、転び、滑り、子供に追い越され、周りに迷惑をかけながらも第一ポイントまでなんとかたどり着く。全身に草と土をつけて降りてきた私の悲惨な状況を見て、ディレクターのS氏が「軽トラ乗せてもらいなよ」と優しい言葉をかけてくれたので、迷うことなくおじちゃんが運転する軽トラへ。他の人々に申し訳なさを感じつつも、軽トラででこぼこ道を下山した。
●過酷その6。まだまだお祭りは終わらない。下山すると、お囃子、獅子舞や少女の踊りと共に、街中を練り歩く。梅雨明けしたばかりの酷暑の中、足腰はふらふらだし、膝は笑うし、おまけに取材はしなくちゃいけないしで、遠のく意識と闘いながら、酷暑の中をひたすら歩く、歩く、歩く。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

十何年にも渡って(苦笑)取材を続けているルマン24時間レース。あの取材は、スポンサーブースではお酒や食事がいただけ、タイミング良ければうたた寝くらいはできるし「レースを楽しむ」要素も十分に含まれているが、基本的には36時間くらい起きっぱなしでサーキットを巡りっぱなしなので、まさに体力勝負の取材である。はじめてルマンを訪れた時、最後の打ち上げパーティーで、重鎮のカージャーナリストの人と話していて、私が「こんなキツい取材ははじめてでした。来年は、ない、かな」と本音を漏らすと、その重鎮氏はこう言った。「はじめての人はそう言うんだよね。でもね、来年の4月くらい(ルマンは6月)になると今年のルマンはどんなんだろう〜って、心のどこかがうずくと思うよ。ま、キミがルマンに魅せられていたら、の話だけどね」そして翌年、本当に重鎮氏の言う通りになったのである。春先3月、今年はスポンサーからまだオファーが来ないけど、やっぱり行けないのかな。仕事で行けないなら思い切って自費で行っちゃおうかなぁ・・・と考えていたのである。
取材魂をゆさぶられるって、こういうことを言うんでしょうね、きっと。というわけで、今回のこのお祭り取材も、本当にキツくてキツくて大変だったけど、終わってみれば印象はとっても楽しかった。まさか、ルマンのように、来年の5月ころになるとあの山登り取材がしたいなぁ、なんて思うんでしょうか?・・・・・・・まさか、ね???


そうそう、冒頭のこの写真は、今回のロケに必要だった取材の道具たち。ビニール軍手は、山道を登る時に使ったもの。熱さまシートは、酷暑のロケでいつもモデルちゃんたちが首や腋に貼っているのを思い出してコンビニで買って用意したもの。軍手の方は、転んだり滑ったり木の幹にしがみついたりした時に怪我から守ってくれたし、首に貼った熱さまシートは体温の上昇を適度に留めてくれた。ね、取材にもいろいろ原価がかかるわけなんです。ペンだけでは出来ない仕事でしょ?わかっていただけました?