徒然なるお仕事

ハーモニカ電車【徒然なるお仕事】


信州は別所温泉へとロケハンに出掛けてきた。早朝から既にむしむしの名古屋を後にして、中央高速の移りゆく景色を楽しみながら、ディレクターS氏・カメラマンM氏と共に名古屋から車で約4時間のドライブ。信州の鎌倉と呼ばれる別所にたどり着いたのはお昼前だった。取材協力先である観光協会の方に信州弁で迎えられると、一瞬で和やかな気持ちになる。方言というのはホントに良いものだなぁと改めて実感した。
今回は本番のためのロケハンで主な目的は撮影の下見であり、インタビューはなかった。そんなわけで私担当の仕事はほぼお昼過ぎに終了。S氏・M氏とは別所温泉駅でわかれて、私一人で電車に乗った。夕方から名古屋で所用があるためだった。「車窓の風景、ロケハンしてきてね」とディレクターS氏からのミッションを受け、カメラ片手に電車の中でスタンバっていると・・・。


車内にハーモニカの音色と歌声が聴こえるではありませんか!
それは上田電鉄のハーモニカ電車だったのだ。上田駅長さんが自らハーモニカを吹き、童謡などの歌詞が書かれた紙が配られ、車内のお客さんがハーモニカに合わせて合唱する、という電車。


その光景をビックリして見ていた私に、
駅長さんはハーモニカを吹きながら、この紙を手渡してくれた。
一緒に歌いましょう!と。
S氏のミッションは果たさなければいけないし、歌も気になるし。


ということで、景色を撮影しながらも心は車内のハーモニカ合唱。おじいちゃんとおばあちゃんの団体が、とても気持ち良さそうに歌っていて、その光景は出来過ぎなほど周りの風景と馴染んでいた。なんかいいな〜こういう旅。と思っていたら、ハーモニカ合唱は「シャボン玉」になった。
♬シャボン玉飛んだ〜屋根まで飛んだ〜屋根まで飛んで〜こわれて消えた〜
 シャボン玉消えた〜飛ばずに消えた〜生まれてすぐに〜こわれて消えた〜
 風 風 吹くな、シャボン玉飛ばそう〜♬
ご存知、野口雨情の歌である。これは野口雨情が自分の子を亡くした哀しみを歌にしたものと言われている。子供の頃は、その意味を知らずに歌っていたっけ。そして次のハーモニカ合唱は「ふるさと」。♬うさぎおいしかのやま♬の、ふるさとである。そういえば子供の頃は、「兎追いしかの山」ではなく「兎美味しいかの山」だと思い込んで歌っていたっけ。
おじいちゃんたちの優しい歌声に癒されたのか、雨情の子を亡くした哀しみを思ったのか、それとも故郷へのノスタルジーを刺激されたのか、なぜだか涙が浮かんできた。すると次の合唱は「上を向いて歩こう」。♬上を向いて歩こう、涙がこぼれないように♬はい、これまた出来過ぎなタイミング。歌詞の通りに一人ぼっちの旅だとしても、仕事の不安感があったとしても、おっしゃるように上を向いて歩いていこうじゃありませんか、えぇ。電車はほどなくすると上田駅に到着し、名残惜しいハーモニカ電車に別れを告げた。