えとせとら

オムライスの品格【えとせとら】


先日、老舗洋食店をある方にご案内いただいた。78歳になられるシェフと奥様のお二人で営んでいるお店で、来年で開業して50周年を迎えるのだそうだ。わたしもまぁまぁ名古屋歴が長くなったのだけど、今までまったくノーマークのお店だった。入った瞬間に、昭和感たっぷりの木彫インテリアやカウンターの奥にあるウィスキーボトルの棚を見て、おおよそのメニューが想像できる、そういうタイプのお店だった。

ミックスサラダ、ポテトサラダ、串カツ、カニクリームコロッケ、ハンバーグ、とんかつ、ステーキ、チキンライスにオムライス、ナポリタンスパゲティ。かつてどの街にも存在した洋食店の誰もが思い描くメニューだ。その日は、お連れくださった方のおすすめに従ってオーダーしたのだけど、もうのっけから心を鷲掴みにされてしまった。手羽先の完成度の高さといったら、京都の某有名店の某メニューはここからインスパイヤされたのではないか?と思うほど。ひとつひとつの野菜が丁寧に仕事されたミックスサラダ、玉ねぎが挟まった串カツ、丁寧なベシャメルを感じるカニクリームコロッケにグラタンなどなど。デミグラスやマヨネーズはもちろん手作りである。最後になにかごはんものを、という段になって、わたしからわがままを言わせてもらい、オムライスを注文することにした。

それが冒頭の写真である。4人でシェアしたので、これは大盛サイズ。チキンライスのケチャップの水分がしっかり飛んでいるので、チャーハンのようにパラパラしている。しかも薄味でしっかりした味なのはチキンの旨味がちゃんとご飯に染みているから。そしてなにより卵が薄い。大盛りなのに薄いので、トップがすこし破れているところがまた愛おしい(笑)。これを4人でナイフとフォークを使ってきれいに割ったのだが、チキンライスの山が崩れなかったのは、卵でしっかり巻かれているからだ。これこそ、50年の間、丁寧に調理に向き合ってきた職人の仕事である。脱帽だった。街の片隅でずっと真摯に作り続けて来た味には、品格が漂っていた。
最先端の才能あふれるアグレッシブな料理を頭をフル回転させて考えながら食べるのはとても楽しいし創造性の高いひとときだ。けれどこの日は、こうして50年もの間、人々の心とおなかを満たした味をしっかりと味蕾にきざむ大切さを思い知ったのであった。