えとせとら

BCBGから洒落者へ【えとせとら】


人生は旅であり、旅とは人生である、とは中田英寿さんの引退時の名文句だったけど、本当にその通りであると思う。ただし私の場合は、人生というほど大げさなことではなく「生活」と言った方が正しいかもしれない。出張、取材、撮影、個人的な旅を含めて、とにかく移動が多い生活だから、一週間に最低でも一度はキャリーバッグをごろごろ引きずってあちこちに移動の旅をしているからだ。だから我が家には大きさの違うキャリーバッグが5つある。その中でももっとも小さなキャリーバッグは、2000年に購入したものなので、なんともう15年も使い続けていることになる。思い出せば、沖縄ロケから帰ってきた日のうちに、その足で金沢へ行かなければならない強行軍だったため、飛行機に持ち込めるサイズの小さなバッグを探したのだった。そして、その15年選手を、今回、とうとう買い替えることにした。


ところで、私が服や物を選ぶ時の基本色というのがある。コピーライターは常に裏方の仕事なので、仕事の場面で目立った色やデザインの洋服を着るわけにはいかない。だから生意気なようだけど、いつもBCBGを心掛けている。BCBGとは、ボンシック・ボンジャンルのフランス語の略で、良い趣味で良い階級という意味。フランスの上流階級の子息たちは小さい時からBCBGを意識させられ、基本の5色の中から服を選ばれ、オシャレ術を身につけていく。ベーシックな色だけで構成することで、品の良さと清潔感を表現しているのだ。基本の5色とは、黒、茶、紺、白、グレイ。だから裏方の私もBCBGのルールにのっとり、なるべくこの5色から物を選ぶようにしている。2000年に購入した小さなキャリーバッグはサムソナイトの茶色を選んだ。造りがしっかりしているので、15年使ってもどこも傷んでおらず、今でもしっかり現役だ。でもね、オンナノコですもの。本心をいえば、そろそろBCBGのベーシックラインとは違った綺麗な色のバッグを持ちたくなってきたというのが、今回のバッグ買い替えのいちばんの理由なのだ。


買い替えるなら、グローブ・トロッターと決めていた。イギリスでハンドメイドされるトラベルケースである。旅好きなら誰しも憧れる。ところが、悩んだのは色だ。ベーシックな紺、白、茶の他に、水色や紫がある。オレンジも鮮やかだ。いざ色を前にすると、どうしてもベーシックな色を習慣的に選びそうになってしまうのだ。それで某女史にもご意見を求めて、どうしたものかとさんざ悩んだ結果、選んだのが写真の色。綺麗なサックスブルー。


BCBGから卒業してはじめて選んだサックスブルーは、購入した翌々日に早速東京出張に用いた。今までと同じように、階段やエレベーターにぼこぼこと当てまくって、小さな小さなキズをつけてしまったに違いない。雨も降っていたから、綺麗なレザーがすっかり濡れてしまった。でもこれでいいんです。トラベルケースは、新品ピカピカよりも使い込んだ物の方がずっとずっと素敵でカッコいいものだから。


実はこの考え方は、ヨーロッパで父子相伝で育まれた感性でもある。グローブ・トロッターを使いこなしてきた先人たちも、時が経たトラベルケースを、親から子へと継いでいったに違いない。聞いた話によると、イギリスの貴族は、執事を選ぶ際の幾つかの条件の中に、主人と同じ体格を持つことが挙げられるという。なぜかというと、新品ピカピカのスーツやコートを貴族の主人が着ることはなによりも野暮とされており、いかにも長い時代を経て愛された服や物を大切に愛でて使うことこそ貴族の証とされていたから、服を新調した時はまず執事が何度か着ならして、ほどよく馴染んでから主人がはじめて袖を通したのだそうだ。現在NHKで放映されている「ダウントン・アビー」でも、グランサム伯爵と執事のカーソンの体型はほぼ同じ。そこまで計算して役者が選ばれていると私は勝手に思い込んでいる。また、日本でもその感性は昔からあって、新しく仕立てた着物は、まず雨ざらしにしたり(その場合は木綿着物だと思うけど)、外に干したりして、少し使いこんだ風合いをわざと作ったのだそうだ。オシャレの「洒落」の語源は、雨ざらし風さらしの「さらし」だとも言われているから、本来のオシャレさんとは、物を大切に愛でて使う人のことだったのかとも思う。


まぁそういうわけで、すっかり言い訳が長くなってしまったのだけど、私もそこそこいい年齢になったので、これからはBCBGだけじゃなく、ヨーロッパの淑女を見習って、ひとつのアイテムを長く愛する洒落者をも目指していきたいと思っている。どうぞ皆様ご指導くださいませ。