えとせとら

蓄音機に酔いしれる夜【えとせとら】


「蓄音機で聴く音がすごくいいんだよ。涙がでちゃうくらい。聴きにおいでよ」
そう誘ってくださったのは友人のSドクター夫妻。素敵な日曜日の夜は、友人宅の蓄音機を楽しむ会にお邪魔した。みんなで飲み物と食べる物を持参し、蓄音機でシャンソンやクラシックを聴きながら、飲んで食べてうっとりするという贅沢なひととき。実は蓄音機で音楽を聴いたのははじめてのことだった。なんとも言えない臨場感、そして空気の振動と体に伝わってくる響き。歌手や演奏者の緊張感と迫力が時代を超えてすぐ間近に迫ってくる。目を閉じれば、すぐそこで、エディット・ピアフやフレールが歌い、クライスラーがヴァイオリンを奏でているかのようである。


これはSドクターが作ってくれた、今宵の音楽メニュー。アミューズブーシュからはじまり、アントレ、スープ、魚、グラニテ、肉、付け合わせ、チーズ、デザートとフランス料理のコース仕立てになっているではありませんか!なんという心憎い演出!


料理はみんなで持ち寄り。いつもはSドクター自慢の手料理をいただくのだけど、蓄音機は一曲ずつ針を替えたり、ぜんまいを手回しする手間がかかるため、「我が家には執事がいないから僕がやらなきゃいけなくて料理作ってる暇ないから持ってきてね」


で、みんなが持ち寄ったらこんな豪華なバイキングテーブルが出来上がった。事前に持ち寄るものをエントリーしていたので、メニューが重なることなく、しかも一部レストランのプロフェッショナルもいたので、まぁ豪華で美味しくて優しい味ばかりになりました。


バイキングを何度も取りに行って美味しいと言いながら飲んで食べての繰り返し。いつもと違うのは、音楽を聴くことを目的にしているのでみんなが静か!だったことである笑。このカトラリーは、かつてコンコルドで使用されていたものだとか。さすがお道具好き!


さらに、この日のためにSドクターが用意くださったのは、ゲストの名前が冠されたワインたち!左から、NASU、HIDE、MARIKO、KUNIKO。これにはみんなで感激の嵐!こういうおもてなしって本当に最高ですよね。Sドクター、ありがとうございました!


Sドクター、ぜんまいの手回しを巻くの図。蓄音機は電気で動くのではなく、完全なる手回しなので、一曲ずつ回さなければならないのだ。でもこの手間が、音をより貴重なものに仕上げてくれる。「蓄音機はね、電気が介在しないから、不謹慎な話だけど停電の時でも聴けるんだよ」というSドクターの言葉を聞いて、ちょっとドキッとした。蓄音機もそうだが、音源の録音だって、たった一度で歌や演奏をばっちりキメていかなければいけない。今のような編集作業など存在しないから、失敗したらもう終わりだ。蓄音機で聴く音楽に圧倒感があるのは、蓄音機の音の特徴だけでなく、音源そのものに高い緊張感と集中力がこめられているからなのだ。
私の仕事で例えるなら、30年ほど前のコピーライターは、原稿用紙に文章を書いていた。今ならパソコンでコピペもできれば、カットもできるし、もちろん後から文章を組み替え直したり、漢字の使い方を変更することができるが、昔はひと文字ひと文字に思いを込めて、集中して完成させていたはずである。今と昔で文章に力がなくなっているのなら、ここに原因のひとつがあるのかもしれない。


この日の食後酒は、カザルストリオのピアノ三重奏7番「大公」。これは村上春樹が「海辺のカフカ」で"奇跡の演奏"と表現した、あの演奏ですね。かくいう私もハルキストとして笑、海辺のカフカ読了後にCDを買ったのだけど、今日聴いた蓄音機の音とは、似て非なるものだった。それほど心と体に響き渡る音だったのである。
今日の素敵な音がまだ体の一部として残っていて、これをどう昇華したらいいのかちょっと困っている。で、ちょっと考えたのだけれど、Sドクターに出張してもらって、レストランで、蓄音機を楽しむディナー会を催すというのはどうだろうか。音楽に併せて料理とワインをセレクトし、三位一体の陶然を味わうという趣向・・・。ご興味をお持ちの方は、ぜひご一報くださいまし。近々なんとかして実現させたいと思っておりまする。