えとせとら

お魚料理だけのレストラン【えとせとら】


メニューを見ると、前菜もメインも魚料理しかない。そんなレストランがパリにオープンしたと聞いて、先月の出張の際に出掛けてきた。「パリで魚?」と思うなかれ。実はパリは魚天国である。冷凍したり養殖してまで魚を食べようと思わないからか、店頭に並んでいる魚はほぼ生の天然もの。日本人が大好きなマグロだって生の物がいくらでも食べられる。魚の質そのものは日本の物とはまったく異なるのだけど、フランスでしか食べられない魚も数多くあって、魚好きは退屈しない街なのだ。でもフランス料理といえばメインはやっぱりお肉だよね、と思っている人が多いし、圧倒的に肉料理を食べたい人がほとんどなので、パリのレストランで魚専門というのはほんのほんのひと握りである。ましてこのお店は日本人のオーナーシェフというのだから、世界一の美食の街で、料理人として勝負をかけているのがよくわかる。


前菜に選んだルージェのカリカリ焼き(フランス語ではcroustillant de rougets aux pointes d'asperges et tapnade d'olive noire)にあまりに感動したので、今日はそのお話ね。ルージェこそ、フランスでしか食べられない大好きなお魚。メニューにルージェがあったら必ずオーダーすることにしている。ルージェの美味しさを語ると長くなっちゃうので割愛して、ここでは私が頭を必死に巡らせながら食べたソースのことを書こうと思う。


ハーブを効かせたごくごく軽いクリームソース。最初はソースをつけずにルージェだけを食べ、その後ルージェと共にいただくと、魚の味わいに一歩遅めに付いてやって来る感じでほんのりハーブが香る。2口目、3口目と食べ進んでいくと、ソースのやわらかさが魚全体を包み込んでゆく。魚を食べ終わった後、パンでぬぐうとパンの塩味と一緒になって強い存在感を示し、さらに食べ終わった後にはスッキリと爽やかな印象だけを残して、舌をニュートラルな状態に戻してくれるのだ。次の料理へと舌を準備させるために。なんというソース!BRAVO!


あのソースは、日本料理でいう「お吸い物」にあたるということを、先日お邪魔した京都吉兆で気づかせてもらった。お吸い物にもまったく同じストーリーが描かれる。最初に吸い地をいただき、口元をすっきりさせ、椀ダネをいただく時は吸い地の存在を忘れてしまうが、食べている間に椀ダネの味わいが吸い地にしみだしていくので、最後に飲み干すと凝縮感を味わうことができる。パリのお店のソースはまさにお吸い物と同じ物語りだった。


ルージェの旨味がだんだんソースになじんでいき、味わいが濃くなっていって、最後にスッキリさせるというのは、おそらくお吸い物と同じ原理なのだろうと思う。なんと密やかな、でも確かな技術に裏打ちされたひと皿でしょう。あんまり美味しかったので、シェフが真っ赤になって恥ずかしがるまで褒めてしまった。遠い国で奮闘する我が同胞を誇りに思った夜だった。


近々パリに行くご予定の方がいらっしゃったら、ぜひ来訪してみてください。予約は電話のみで、電話に出るのは冷ややかなフランス人女性。予約をとるのに多少の不便はあるけれど、お魚好きなら行く価値のあるお店だと思う。電話番号など詳細については個人的にお問い合わせくださいまし。