えとせとら

エル・ブリの秘密【えとせとら】

スペインの片田舎で、たった半年間だけ、わずか45席を求めて、世界中からグルマンが訪れる三ツ星レストラン、エル・ブリ(スペイン語発音だとエルブジ)。食に関心のある方なら、名前は聞いたことがあるはずだ。料理に詳しい方なら、すべての食材を泡状にするエスプーマを開発したシェフと言えばお分かりになると思う。食にも料理にも関心がなくても、日本の柚子を世界中に知らしめたのがそのシェフだと聞けば、その功績を讃えずにはいられないだろう。2005年の愛・地球博の時はそのシェフのメニューが供されたので、炎天下を長時間並んだご仁も少なくないはず。そういうわけで、エル・ブリのことも、シェフのフェラン・アドリア氏のことも、知っている人は知っているので、ここでは多くを書かないことにする。詳しくお知りになりたい方は映画「エル・ブリの秘密」をご覧ください。あ、でもこれはドキュメンタリーであって、料理に人生をかけるシェフのヒューマンドラマではない。あくまでも映画を観ている人はエル・ブリのことをある程度知っているという前提で、淡々と、実に淡々と、ドキュメントが描かれてゆく。バルセロナの乾いた空気や赤い瓦屋根を眺めているかのように、エル・ブリの様子を俯瞰から観ている気分にさせられた。


かつて何度も何度も旅して歩き、居候して暮らしたことのあるバルセロナは思い出の地である。ここはスペインでも一番フランス寄りにあるカタルーニャ地方で、巻き舌が特徴の一種攻撃的とも感じるスペイン語と違い、フランス訛りで少し上品な発音になる。フェラン・アドリアも、その周りのスタッフもカタルーニャの柔らかなスペイン語を話し(ソムリエ氏はフランス語だったからフランス人なのか???)、予想に反して穏やかな口調でひたすら食の実験を続ける。やがてやってくる半年ぶりのオープンまで、実験は幾度となく繰り返され、その実験過程が描かれた2時間の映画である。
映画としての評価はよくわからないけど、これはすべてのクリエイター(広告制作者という意味だけでなく)と経営者が観るべきものだと思った。フェラン・アドリアの食材に対する真摯で敬虔と言ってもいい想いから、過去の料理人と自然への敬意を感じたし、彼の飽くなき探究心とそれを支えるスタッフとの信頼関係、パートナーであるスタッフたちとの情報共有の完璧さと情熱共有の素晴らしさが、スクリーンごしに伝わってくるのである。実験結果が完璧にデータベース化されていて、失敗のデータから多くの成功を導き出している。とてもあのいい加減なユルイ国民性とは思えない(爆)。これって、料理人だけでなく、我々広告制作のクリエイターやあらゆる分野のデザイナー、職人などの専門職、そして従業員を抱える経営者にとって、とても大切な条件だと思いませんか?
2011年7月にエル・ブリが閉店するニュースには本当に驚かされたけど、どうやら2年後に料理研究財団として新たに生まれ変わるのだそう。この映画は、レストランだった頃のエル・ブリを記録したという意味で貴重なドキュメンタリーになっていると思う。


「エル・ブリの秘密」は、名古屋では2月3日まで、名古屋駅のゴールドシルバー劇場で上映されている。皆様、お急ぎくださいませ。
ってわけで今日、仕事をさぼって行ってきちゃいました、えへ。平日の映画館、特にゴールドシルバーみたいな小劇場はお客さんがホントに少なくて、しかももの好きな映画ラバーばかりで居心地がいい。上映がはじまる直前まで、場内のお客さんのほとんどが文庫本を広げて読んでいらっしゃる。こういう静かな雰囲気、好きだなぁ。ところが残念ながらゴールドシルバー劇場は2月末にて閉館になるのだそうだ。ここでは数えきれないほど映画を観た。「ニューシネマパラダイス」「さらば、わが愛(覇王別姫)」「ブエノスアイレス」「デリカテッセン」「山の郵便配達」・・・・。どれもいい映画ばかりだったなぁ。いろんな映画の思い出に浸り良い時間を過ごした後は、ちゃんと原稿書きに戻りました。