えとせとら

スッピンより見られたくない顔とは?【えとせとら】

あ〜あ、またもや、やってしまいました、恥ずかしい失敗。
数日前のこと。その日は終日撮影で、朝一番に我が家近くの大通り沿いでカメラマン車にピックアップしてもらう約束だった。朝早いのが苦手な私は前夜からキンチョーして眠れないため、いつもの寝不足顔で車を待っていた。ほどなくすると見慣れた車がやって来る。朝が早かったこともあり、カメラマンは助手席で薄目を開け、会釈の代わりに左手を上げた。「おはようございま〜す」と低めのトーンで軽く挨拶し、車に乗り込む私。運転手はこれまた馴染みのカメラアシスタント君である。バックミラーごしに私の顔を認めると同時に「うぅ〜っす」と挨拶にならない挨拶で返してくれるのもいつものこと。常と違っていたのは、その後のカメアシ君の仕草である。私の顔を認めてすぐに前を向こうとしたのに、慌てて私を二度見したのである。「???」朝ご飯に食べたおにぎりの海苔の端でも顔についてるのかしらん。その程度にしか思っていなかった私は、走り出した車のシートに身を預けて、流れゆく車窓の風景をぼんやり見つめていた。約1時間後、高速道路のSAに寄ってトイレ休憩した時である。驚愕の事実が判明したのは!


トイレの鏡で自分の顔を見てビックリした。なんと、パウダーをはたいただけの顔で出てきてしまったのである。男性は判りにくいと思うのでご説明申し上げると、メイクの手順としては、1・化粧水をつけて下地クリームを塗った後にファンデーションまたはパウダーを塗って、2・眉やアイシャドウやアイラインで目元まわりを彩り、3・チークや口紅を塗って完成、となる。この日の私は、この手順の1番までしかほどこさず、アイメイクをしないままに出掛けてしまったのだ。つまり大げさに言うと白塗りの状態、というわけ。カメアシ君が二度見したのは「あれ、いつもの近藤さんと違う。眉毛が薄い。目がぼやけてる」と思ったからなのだ。そうなんです、目元周りのメイクをしないと、おそろしく童顔で、ぼや〜っとした顔になってしまうんです。


もうそこからは必死である。バッグに入っている"なにか"でアイメイクの代用品を探さなくてはいけない。ずぼらな私は朝メイクしたら一日中そのままで過ごすので、バッグにメイク用品がまったく入っていないのだ。口紅はもともと塗らないので、あるのはメンタムリップだけ。女性らしいメイクポーチなど持ったことがない。トイレの鏡の前でバッグをひっくり返し、取材道具のペンシルケースを取り出した。いつも使っている水性ボールペンで眉を描くと入れ墨みたいになっちゃうし、皮膚に痕が残ったら大変なのでNG。ボールペンもくっきりハッキリしたイモトアヤコ眉になっちゃうのでNG。ということは、残るはシャープペンしかない。鏡に向かって、シャープペンで眉を描く女を、多くのトイレ休憩女子が異様な目で見ていた。正直言って、痛かったっす。眉は頑張って誤摩化す程度に描けたけど、アイラインはとても無理と判断し、なんとか眉だけ体裁を整えて、いつもの私のメイク顔の半分くらいが出来上がった。ふ〜。これなら白塗りよりまだマシだ。


眉をシャープペンで必死に描いている時、向田邦子のエッセイを思い出した。見知らぬ若い女性からトイレで口紅を貸して欲しいと頼まれる話。ディナーが終わってトイレに立ち、脂のついた口紅をきれいにぬぐって新しく紅をひこうとした女性はバッグに口紅が入っていないことに気づく。偶然そこに居合わせた向田邦子に必死の形相で「口紅を貸して欲しい」と頼む。ところがあまりに必死だったからか、口紅を塗った後のスティックをティッシュでぬぐうことなく、そのまま向田邦子に返し、あわててディナーの席に戻っていったという話だったと思う。その話を思い出したからというわけではないが、見知らぬトイレ休憩女子に「メイク道具を貸してください」と言う勇気はなかった。変に小心者なのである。そして、この時ほど自分のすぼらな性格を呪った日はなかった。