えとせとら

音楽と文章のハーモニー【えとせとら】


マリアージュというフランス語をご存知だろうか。直訳すると結婚という意味になるが、最高の組み合わせを表現する言葉でもある。ワインと料理の調和を舌上で感じる時にも用いられるので、日本のグルマンたちがこぞって声高にマリアージュを叫びはじめたのは、ワインブーム以降だった。かくいう私もワインを飲み始めたころ、ワインと料理を組み合わせするだけでは物足りないから、そこに音楽を組み合わせて楽しみましょうよ、などと小生意気なことを提案して、ソムリエ諸氏を随分困らせたものだった。


そんな小生意気だった私も多少はオトナになった。今は、美味しいワインとお料理の組み合わせを黙って味わえるようになり、独りごちて眠った夢の先で音楽が流れてくるのが最上の喜びとなってきた。ワインと食事と音楽を同時期に組み合わせて楽しむという実験は難しいテーマがたくさんあるだけでなく、同席する方との好みの差異もあり、かえって楽しみが散漫になることがある。それならば、美味の記憶がまだ新しいうちに一人で音楽を聴く方が満足度も完成度も高いような気がする。


こんな風に理屈っぽいことを考えるのが好きな私に、先日とある方が自作のCDをプレゼントしてくださった。クリエイティブディレクターのU氏である。U氏にはその日までお会いしたことがなく、facebookで知り合いになり(同じ業界なのでお互いに共通の知り合いが多く、実際にお会いした時はクリエイターE氏が紹介してくださったのだが)、メッセージのやりとりをするようになった。ネット上での交流には少々トラウマもあり、気をつけるようにはしていたのだけど、なぜだかU氏のメッセージは心に響くものが多かった。だから是非お話してみたいなと思ったのだと思う。


これは都会のど真ん中にある飲食店のお庭。U氏がセッティングしてくださったのは竹林と池を見てお食事のできる素敵なお店。私のコラムを読んでくださっていたU氏は「文章を拝読していたら、この雰囲気がマリコさんには喜んでもらえるような気がして」とおっしゃった。なんて気配りなんでしょう。はい、確かに好きです、この感じ。


美味しいお食事をしてから庭を眺めてお茶を楽しんでいた時、音楽と読書の話になった。どんな音楽を聞くのか、どんな本を読むのか。音楽、本、映画の好みというのは、他人を知るのに最も良い手段だと個人的に思っているので、初対面の方との会話にはピッタリのテーマだ。そして最後にU氏が鞄から件のCDを取り出し「マリコさんのコラムを読んでいて、あなたの文章に合わせて音楽を選んでみました。夜9時以降にゆっくり聴いてみてください」とおっしゃったのである。


人が作ったワインに人が作った料理を合わせたり、音楽とワインを合わせたりしたことはあったけど、自分の文章にどなたかが音楽を合わせてくださるなんていう経験ははじめてのこと。そんな立派な文章の書き手ではないので、恥ずかしくて仕方がないのだけど、私の人間性よりも先に文章を知ってくださった方がどんな音楽を合わせてくださったのか、興味津々である。夜9時以降というリクエストをマジメに守って、その日の夜に聴いてみた。


最初はお琴の音かと思うような和のイメージで始まり、やがてクリアでセンシティブな音と、清らかな歌声が聴こえてくるではありませんか。え?私ってこんな綺麗な文章書けていないんだけどいいのかな、と思っていると、やがて深淵から響いてくるような音へと変わっていった。ちょうど井戸の上から柄杓で水を落としたように。果てしない底の淵に細いしずくをしたたらせるような静かで深い音だった。


正直に申しまして、私はこんなに奥ゆかしい文章はまったく書けていません。なのに、私のドロドロした人間性や稚拙な文章力をはるかに超えて、透明感のある音楽を選んでくださったなんて。もしかすると、これはU氏が私に設定してくださった目標値なんじゃないかな。もっと鮮明になれ、もっと純粋であれ、そしてたくさん書きなさい、と、地球の深淵から語りかけてくださったのだ。
Uさん、素敵な音楽をありがとうございました。制作に行き詰まった時じゃなくて(苦笑)、良い時を過ごすことができた一日の終わりに、一人でじっくり聴いていきたいと思います。そして、Uさんとのご縁をいただいたEさん、どうもありがとうございました。シャトーマルミエの件、またご相談させてください。