えとせとら

小豆婦人のマナー術【えとせとら】

先日のコラムでご紹介した「新幹線紳士、マナーの光と影」について、多くの方からいろいろなご意見や体験談をお聞かせいただいた。その中のお一人で、いつもコラムの感想をメールしてくださるTさんによると、新幹線紳士のマナーは、育ちの中で自然に身についたことではなく、成長してから後天的に学習したことではないかと分析された。だから、最も本人らしさが出るご不浄での行為が、あんなことになるのだと。つまりマナーには、先天的なものと後天的なものがあるというわけだ。なるほどね〜。某代理店のHさんは、新幹線紳士のマナーは職業病だったのではないか?と指摘。ご不浄でのマナーと車内のマナーには差異がありすぎるので、そこには何かしらの理由があるはず。車内マナーに秀でているならそれはJRまたはどこかの私鉄職員ではないか、というのだ。こちらも確かになるほどね〜。そしてもうお一人、面白いエピソードを教えてくれた人がいる。私とよく似た体験をしたIさんのエピソードは、最後にご紹介しよう。


そんなやりとりをしていたので、マナーに関する話題に事欠かない今日この頃。先日、Rさん・Nさん・私の女性3人でお茶していた時のこと。Rさんは、お菓子の"ういろう"を注文しようとして「大島と抹茶とコマメがあるけど、どれにする?」と聞いてきた。コマメって???・・・そう、彼女は小豆(アズキ)を間違えてコマメと読んでしまったのである。実はアズキういろうが食べたかった私は、ここでアズキと発音しちゃっていいものだろうかとあぐねていたところ、隣にいたNさんがすかさず「私、コマメがいいわ」とにっこり笑ってオーダーしたのである。


Rさんに気づかれないようRさんに合わせて自分もコマメと発音してオーダーしちゃうスマートさには感服した。これって、イギリスのエドワード8世の逸話と同じですよね。エドワード8世が王太子だった頃、アラブの首長を招いて晩餐会を開いた時のこと。お客の一人がフィンガーボールの使用法を知らずに中の水を飲み干してしまうと、それを見ていたエドワード8世は客に恥をかかせないようにして、咄嗟に自分もフィンガーボールの水を飲み干したという有名な話がある。(私はこれをエリザベス女王の逸話と勘違いしていたが、調べてみたらエドワード8世だった。現在のエリザベス女王の伯父さまにあたる方で、なんといっても王冠を賭けた恋で有名ですよね?ちなみに日本の陸軍大将の荒木貞夫にもまったく同じフィンガーボールの逸話があるそう)
マナーと一口に言っても、いろいろな作法や決まり事があって、単純にひとつのマナー術に絞りきれるものではない。でもどんなマナーもその根底にあるのは、共に時間を過ごす人のことを気づかい、互いに心地よいひとときを送るためのものであるはず。時代錯誤で杓子定規なマナーは本棚の奥にでもしまっておいて、或いはコマメをアズキとわざわざ訂正して相手に恥をかかせるような無粋な輩には軽くヒジテツでもくらわして。エドワード8世や小豆婦人のように心優しいマナー術を身につけたいな、と思う。


さて、最後に走る珈琲愛飲者のI氏の新幹線マナー体験談をご紹介する。タイトルは「新幹線淑女のマナー術」以下、I氏からのメールをまんまコピペさせていただく。
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新幹線の指定席で独り名古屋へ帰る際、隣席が空いているのと埋まっているのとではくつろぎように差は大きい。最近では東京駅を滑り出したからといって気は抜けない。すぐに品川駅でガサツなオヤジが乗り込んできて、隣にドカッと座り込んだりするからだ。これが妙年の美女ならば、などと思うところは自分もガサツなオヤジだったりするわけだが・・・。
 
その日、車速が落ちた新幹線の窓際席から品川駅のプラットフォームを眺めていると、真っ赤なタイトスーツの女性が近くのドアから乗り込むのが見えた。ほどなく私の座る車両のドアが開くと、くだんの女性が入ってきて私の隣席近くまで進んで来た。豊満系スタイル抜群で立っていてもフトモモ露なミニスカートの30才前後と思われる美人である。ただ服も真っ赤ならばロングヘアもかなり明るく染めていて、この手合に振る舞いが淑女は少ないけれどまあ容姿だけでも我慢しろ、と先走った偏見で私心のニヤツキを勝手に抑えて身構えた。「こちら失礼します」と私にことわり隣席に一旦座った彼女、もう一度立ち上がり「頭の上をごめんなさい」と手元のキャリーバッグを荷棚に上げ、後ろの席の男性に「座席を倒してもいいですか?」と聞いている。やるじゃないか!大当たりだ〜(何がだ!)などと自分の先入観そっちのけで内心舞い上がってドキドキしてきた。
 
しかし露出の大きな美女が触れ合わんばかりの近くにいると、必要以上にイヤらしく思われたくないと視線をそちらに向けるのも不自然な気遣いになって、ケッコウ疲れるものである。買っておいた弁当でも取り出して気を紛らわせるか(何から!)などと思った矢先、「あのー、お腹がすいているのでお弁当失礼します」と隣席の美女に先を越されてしまった。「あ、あ、私もそろそろ食べようと思っていたのでこちらこそ」などと訳のわからない返事をしてしまったが、あぁ派手で美しい淑女って日本にもいるんだなぁ、と勝手な感慨に耽ってしまう。
 
新幹線は新横浜駅を過ぎているので、隣席女性がどこまでいくにしろ名古屋まではご一緒だラッキィ〜、食べながら何を話しかけよう、などと妄念にとらわれながら自分の弁当をつつき始めた・・・。が、何か違和感がある、ご飯の味がオカシイ、何だろう?食べ物じゃない臭い?香水?そう強烈な香水だ。嫌いな系統とか体臭と混じってとかではないが、とにかくキツイ。いや、容姿と物腰に気を奪われてそれまで気にならなかった私も私だが、この臭いの強さは飯どころじゃない!何で!ここまで完璧だったのにここに来てぶち壊しじゃないか!私の身勝手といえばそれまでだが、なまじの事マナーも良しの淑女という判断が崩れたガッカリさは大きい。弁当の味わいなども忘れ、ひたすら早くこの臭いから解放されるよう待ちわびる苦行が名古屋まで続いたのである。
 
あぁ、「新幹線紳士のマナーの光と影」話を読んで思い出した私の体験「新幹線淑女のマナーの光と影」話、ニンゲンって生き物は他人を呆然とさせる振る舞いをするものなのだ、自分では気づかない間に。きっと他人事じゃないんだろうなぁ・・・気づかぬうちに私も紳士を捨てているのかもしれないなぁ。
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