えとせとら

薄壁の悲哀【えとせとら】

2回連続で博多出張ネタで失礼いたします。
博多では取材は順調に進み、取材先で温かい人情にふれ、美味しい玄界灘のお魚を食し、大変良い気分でホテルに戻った私。ホテルはよくある普通のビジネスタイプで、お部屋は決して広いとは言えないけれど、清潔で心地よい空間だった。のんびり入浴してからお茶が飲みたくなり、廊下の自動販売機に向かうと、そこには「美男子」という言葉をそのまま人間にしたような、見目麗しい男性が立っているではありませんか。お風呂上がりのスッピンを恥じながらも、軽く会釈してもう一度美男子をチラ見しておいた。ビジネスホテルにはおよそ似合わない風貌である。やんごとないお生まれの貴公子である彼は、お父上の厳しい帝王学教育により、世間の荒波へと送り出され、こうしてしがないビジネスホテルに宿泊してお仕事されているに違いない。ほんの数分で、私の妄想は勝手にどんどん膨らんでいった。


そして驚いたことに、その貴公子は私の隣の部屋へと入っていくではありませんか。そう、この夜、私はどこかの国からやって来たプリンスと壁一枚をはさんで眠る運命となったのである。だからどうってわけではないけれど、なんとなく緊張するものだ。それほど、その貴公子は美しいお顔立ちをされていたのである。


眠る前の儀式のようにして、いつも本を読む癖のある私は、その夜もベッドに寝転がりながら文庫本の世界に入り込んでいた。すると、壁の向こうから奇妙な音がする。ビジネスホテルならではの壁の薄さだった。しかも音のする方向はあの貴公子のお部屋だ。何事かしら?と耳を澄ますと、もう一度奇妙な音が。なななんと、それは貴公子が放屁された音だった。
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貴公子だって人間ですもの。そりゃ出ますよね。おそらく私の部屋側の壁に背中をくっつけるような格好だったのでは?と思うほど、その音ははっきり聞こえた。面白いのは、その音がいかにもつまらなさそうに聞こえたこと、そして一回ならずも何十回もの放屁をされたことである。
最初はつまらなさそうだったのが、なんとなく眠そうな音へと変化し、私もその眠そうな音に誘導されて、いつしか眠ってしまった。
玄界灘の美味しいお魚と共に、貴公子の放屁も博多の良き想い出のひとつに加えようと思う。