読書する贅沢

ノルウェイの森 村上春樹【読書する贅沢】

拡大解釈ではあるが、私たちの世代にとって村上春樹氏は、好むと好まざるとに関わらず、密接に人生に寄り添ってきたし、間違いなく影響を受けた小説家の一人だと思う。例えが良くないかもしれないけど、ある年代にとってサザンオールスターズの音楽が、好むと好まざるとに関わらず人生に密接に寄り添っているのと同じように。
そして村上作品のファンであるかどうかに関わらず、多くの人に読まれたのが「ノルウェイの森」だ。もともとこの小説は「蛍」という短編が基になっている。(私は「ノルウェイの森」から先に読んでしまい、後になって「蛍」を読んだ時に、読書するシアワセ感をとても新鮮に感じたことを今でもはっきり覚えている)「ノルウェイの森」は、他の村上作品のような不思議感があまりない。風変わりな登場人物、非現実的な状況が出てこない。ある意味で、とてもわかりやすい小説だったことも手伝ってか、発刊当時は爆発的な売れ行きだった。その「ノルウェイの森」が長い年月を経た今、映画化されるっていうんだから、驚かないはずはない。
村上作品の映画化は数少なく、その理由は作家本人が映像化をなかなか許可しないからだと言われている。素人ながらにも、確かにあの独特の間合いとか、台詞まわしとかを映像化するのは難しそうですよね。小説を読んだ人は、イメージが自分の中でふくらんでいるはずだから。


その難しい映像化に取り組んだのは、「青いパパイヤの香り」のトラン・アン・ユン監督。驚くほど原作にほぼ忠実に物語が始まる。乾いた孤独感とか、喪失感みたいなものは、美しい風景によって描写されているので、読者は違和感なく映画の世界に入っていける。死に向かっていく直子はいつも青みがかった画で、生に向かっていくミドリは暖かな色に満ちていた。直子の療養所のある山の中の風景がとりわけ美しく、印象的である。イネ科の草の大群が風になびく様子は、直子の心の揺れのようで、悲しく寂しい。きっとロケハンに相当な労力と時間を費やしたんだろうなぁ〜。
試写室を出た時、何度も読み返したあの赤と緑の装丁本を思い出し、猛烈に読みたいという衝動にかられた。こう感じさせる映画はとても珍しい。原作にほぼ忠実な映像化が、小説に寄り添う映画を創り出したのだと思う。映画単体では存在しえない、小説と必ずセットになった映画は、12月11日からロードショーだそうです。観る前にぜひ小説をお読みになってからお出かけくださいまし。


追記1●映画には、イトイさんや細野さんやユキヒロさんがちょろちょろっと出演されていて、地味な可笑しさがかなりツボです。
追記2●レイコさんの役者さんのみ、私的にはイメージが違ってました。レイコさんの部分は原作に忠実ではなく脚色されていましたし、それがちょっと残念。
追記●ワタナベ役の松山ケンイチさん、若き日の村上春樹氏に似ているじゃん、と思ったのは私だけでしょか。