一杯の幸せ

熱燗の魅力【一杯の幸せ】


先日のこと。料亭か茂免の若旦那からいただいたカラスミが一本冷蔵庫にとってあったので、それをどう食べるかで思案した。若旦那はパスタにして食べてとおっしゃってたけど、料亭か茂免の自家製カラスミはさすがに深みのある滋味がなんともいえず、パスタにするのは勿体ない。ということで父と一緒にお酒の肴でいただこうと思い立った。実家に帰って「カラスミいただいたよ〜」と父に告げると、いつもなら数独パズルに夢中になって帰宅した私の顔など見向きもしないはずの人が、しっかと奥目を見開きにっこり笑うではないか。我が父ながら口が卑しいので、お酒の肴があると聞けば表情が一変するのである。太めに切って軽くトースターで炙ってお皿に盛ると、すかさず手を出して「うまいうまい」を繰り返す。その様子を見ていたら、私も熱燗が飲みたくなった。


父は真夏の酷暑の時以外、ほとんど毎日のように熱燗をいただく。冬になると熱燗を飲んで体を温めてからビールをチェイサー代わりにする。ちょっと変わった飲み方が癖になっている。一方、私はというと、熱燗でひどい失敗を重ねていることもあり、実家では母に付き合ってビールを飲む程度で、父と日本酒の杯を重ねることは滅多にない。でも、そのカラスミの夜は別だった。カラスミを見ていたら苦手なはずの熱燗が欲しくなったのである。


飲みたくなったのにはちゃんと理由がある。2月初旬に名古屋・栄にオープンした日本酒の立ち飲みバー「八咫」(やた)にて、店主から美味しい熱燗を飲ませていただいたこと、はじめての熱燗お湯割に感動したことが頭の片隅に残っていたからだ。今まであまり語られることのなかった新しい日本酒の楽しみ方を教えてくれるお店、是非お出かけくださいまし。


話がちょっとずれちゃったけど、で、カラスミの夜。私が「今夜は熱燗が飲みたくなっちゃったから、一杯いただこうかなぁ」とつぶやいたその時。父が今まで見たことがないような嬉しそうな顔をして私を眺めたのである。「生意気なことを言うなぁ」とつぶやきながら、盃を持ってきてくれて私に熱燗をついでくれるではないか。父のこんな顔を見たのは本当にはじめてだった。年老いた父親というのは、娘と熱燗を飲み交わすことがそれほど嬉しいものなのか。父には私たち姉妹だけで男の子供がいないので、親子で熱燗を飲み交わすみたいな男同士のつながりが持てていない。義兄がその役目をおってくれてはいるけれど、それも年に数えるほどのイベントごとである。


さしつさされつしながら飲む熱燗は、味覚の刺激以前に人間関係を取りもつ役目もあるのだなぁ。満悦した父の表情を見ていて感じいった。これはワインにも焼酎にもウィスキーにもない感覚だ。熱燗を飲んでいるオヤジの口は臭いだの、なんとなくオッサンくささが漂うだの、いろんな偏見(←これ全部私が言ってたことですけどが)で見られがちな熱燗。いやいや、熱燗飲みながらじゃないと語れないことだってあるんです。熱燗をお酌することで、少しだけ気持を交わすことだってできるんです。熱燗の魅力を、父の笑顔が教えてくれた。
熱燗だけでなく、日本酒の魅力をもっと知りたい、楽しみたいという方は、「もっと地酒の会」にぜひご参加くださいませ。あらら、最後はPRになっちゃった。よろしくお願いいたします。